月次決算 › 変動分析・報告活用案

月次決算の変動分析コメントを下書きする

試算表の前月比・予算比から「どこが・いくら・なぜ動いたか」の説明文を、AIにExcelを直接読ませて下書きさせる方法です。数字の把握はAI、理由づけの裏取りは人が行います。

AI操作難易度★★☆☆☆ 経理財務 実務難易度★★★☆☆ 使う道具Cowork+Excel

1. Before ― 手元はどうなっているか

架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社の月次決算。部門別のP/Lは会計システムから出せますが、変動分析に使う前月比較表は、担当者が毎月手作業で作っています。今月の手元はこうなっています。

  • 勘定科目の並びが前月と違う。新しい科目が2つ増え、使われなくなった科目が1つ消えている。そのままでは行がずれる。
  • 組織変更で部門が分割された。前月の「開発部」が「開発1部」「開発2部」に分かれ、前月と比較できない行がある。
  • 販管費に一括で計上された行がある。内訳は別のExcelにあり、比較表からは何が増えたのか分からない。
  • 予算データが最新か分からない。期中に修正予算が出ているが、手元のファイルがその版かどうか確認が取れていない。
  • 前月の修正仕訳が当月に入っている。前月分の戻し処理が当月の数字に混ざっており、純粋な当月の増減ではない行がある。

この状態の表を見ながら、締切までに変動分析コメントを書きます。

2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか

(a) 表をそろえる
科目の並び、組織変更後の対応関係、前月修正仕訳の分離。毎月似た作業。

(b) どこを説明するか決める
すべての差異を説明する必要はない。金額影響の大きいものから。

(c) 説明を書く
事実と仮説を分けて書く。

(d) 確認する
データから分からないことを、誰に聞くか決める。

ここはAIを使わない

前月比較表そのものを作る工程。毎月同じ集計なので、Excelのピボットテーブルか Power Query で組んだほうが速く、結果も安定します。組織変更の対応表も、一度作れば毎月使えます。AIを使うのは、表ができたあとの「差異の説明の下書き」と「確認事項の洗い出し」だけで十分です。

3. AIに任せること/人が判断すること

AIに任せる
  • Excelの試算表から、増減額・増減率が基準を超える科目を抽出する
  • 科目ごとに「金額・率・方向」を型どおりの文章にする
  • 補助科目や部門別の内訳から、増減の内訳(どの部門・どの取引先が大きいか)を示す
  • 「理由の候補」を、内訳データから読み取れる範囲で提示する
人が判断する
  • 増減の本当の理由(一時的か構造的か、計上時期のずれか)の確認
  • 現場へのヒアリングと、その結果の反映
  • 経営層に伝えるべき重要度の判断と、コメントの取捨選択
  • 最終的な報告文の承認

4. 実行 ― AIとのやりとり

  1. 月次の試算表(前月・当月・予算の列があるもの)と、補助科目または部門別の内訳表を、作業用フォルダに置きます。社外に出せない数値を扱うため、会社が認めたAI環境で行います(共通ルール参照)。
  2. Cowork(フォルダ内のファイルをAIが直接読み書きできる機能)でそのフォルダを指定し、下のプロンプトで抽出とコメント下書きを依頼します。
  3. 返ってきた下書きの「理由の候補」を現場に確認し、事実に基づいて修正・取捨選択したうえで報告に載せます。
用語:Coworkとは、Claudeのデスクトップ版にある機能で、指定したフォルダの中のExcelやPDFをAIが直接開いて読み、結果をファイルに書き出せます。チャットに数字を貼り付ける必要がなく、「このフォルダの試算表を見て」と頼めます。用語集
プロンプト例(そのまま貼って使えます)【場面と読み手】 以下は、月次決算後に経理部が経営会議向けに作成する変動分析コメントの下書きです。読み手は経営層と部門長で、会計の専門家ではありません。 【事実/入力】 このフォルダの「試算表_当月.xlsx」(列:科目コード/科目名/前月実績/当月実績/当月予算)と「部門別内訳_当月.xlsx」(列:科目コード/部門/当月実績/前月実績) 【依頼】次の基準で科目を抜き出し、変動分析コメントを下書きしてください。 ・前月比または予算比で、増減額が500万円以上、かつ増減率が10%以上の科目 ・売上高・売上原価・販管費の各区分ごとに、増減額の大きい順 【出力の型】 科目ごとに次の3行: 1. 事実:「○○費は前月比△△百万円(+□□%)の増加、予算比では〜」(金額は百万円単位、率は小数第1位) 2. 内訳:部門別内訳のうち増減が大きい上位2部門と、その金額 3. 理由の候補:内訳データから読み取れる範囲で、「〜の可能性」として1〜2点。データにない理由は書かず「要ヒアリング」とする 結果は「変動分析コメント_当月_下書き.xlsx」として、科目コード/科目名/事実/内訳/理由の候補/確認状況(空欄)の列で書き出してください。 【禁止事項】 ・データにない理由を推測で断定しない ・増減の評価(「好調」「懸念」など)は書かない。評価は人が行う

出力のイメージ(AIが書き出す下書きの1行)

科目事実内訳理由の候補確認状況
外注費前月比+12.4百万円(+18.3%)。予算比+8.1百万円(+11.6%)。第2事業部+9.8百万円、第1事業部+2.1百万円第2事業部のA案件で外部要員が増えた可能性。計上時期のずれ(前月分の請求遅れ)の可能性もあり——要ヒアリング(空欄)

※ 説明用の架空の例です。数値・部門名は実在のものではありません。

往復1回目 ― AIがデータにない原因を書いた

AIの初稿

「外注費が前月比+12.4百万円(+18.3%)増加しました。これは外部要員の増加によるものです。」

ここが問題

渡したのは勘定科目別の金額だけです。「外部要員が増えた」は、そのデータからは分からない事実。AIが一般的にありそうな理由を当てはめています。このまま報告に載せると、根拠のない説明になり、後で聞かれたときに答えられません。

追加で出した指示

「入力資料にない情報を使わないでください。①データから確認できる事実 ②考えられる仮説 ③担当者に確認すべき事項、の3つに分けて書き直してください。仮説には必ず『〜の可能性』と書いてください。」

修正版

事実:外注費 前月比+12.4百万円(+18.3%)。うち開発1部が+9.8百万円。
仮説:特定部門に偏っているため、その部門の稼働または発注単価の変化の可能性。
確認事項:開発1部の当月発注一覧、前月末の未検収残。

人が最後にやること

確認事項を開発1部に照会し、返ってきた事実で仮説を確定するか、削除します。仮説のまま報告書に載せません。

往復2回目 ― 増減率の大きい順に並べてしまった

AIの初稿

変動の大きい順に並べさせたところ、1位が「会議費 前月比+300%」だった。

ここが問題

会議費の増加額は12万円。率は大きいが、金額の影響は小さい。報告で説明すべきなのは金額の影響が大きいもので、率ではありません。このまま並べると、読み手の目が小さい項目に取られます。

追加で出した指示

「増減率ではなく、増減額の絶対値が大きい順に並べてください。増減額が○百万円未満の科目は、一覧に含めないでください。ただし、率が著しく大きいものは別枠で『参考』として列挙してください。」

修正版

金額順の一覧と、参考の一覧に分かれました。

人が最後にやること

しきい値(○百万円)を自社の規模と報告の慣行に合わせて決めます。しきい値を決めるのは人です。

5. エラーと例外 ― うまくいかないとき

  • AIがデータにない原因を書く … 「事実・仮説・確認事項」の3つに分けて書き直させます(往復1回目)。仮説には必ず「〜の可能性」を付けさせます。
  • 増減率の大きい順に並んでしまう … 増減額の絶対値が大きい順に並べ直させ、しきい値未満は一覧から外します。しきい値を決めるのは人です(往復2回目)。
  • 科目の並びや組織変更で行がずれる … AIに直させず、前月比較表を作る工程(ピボットテーブル/Power Query)と組織変更の対応表で吸収します。
  • 前月の修正仕訳が当月に混ざる … 純粋な当月の増減ではない行は、比較表の段階で分けておきます。分けられないものは「確認事項」に回します。

6. 検証 ― 正しいとどう言えるか

  1. コメントの1文ずつについて、渡したデータのどの数字から来ているかを指させるか確認する。指させない文は、AIが足した文です。
  2. データに無い固有名詞が入っていないかを探す。案件名、取引先名、人名、部署名。渡していない固有名詞が出てきたら、それはAIが作ったものです。Excelの検索やブラウザのページ内検索(Ctrl+F/⌘+F)で、渡していない語を1つずつ探すのが確実です。
  3. 「〜の可能性」が付いていない断定文が残っていないかを確認する。確認済みの事実以外に断定文があってはいけません。
  4. 金額と増減率を1件、電卓で検算する。AIは計算を間違えることがあります。

7. 注意点

「理由」はデータからは分かりません。AIが書けるのは「内訳のどこが動いたか」までで、なぜ動いたかは現場に聞かなければ分かりません。プロンプトで「要ヒアリング」と書かせているのはそのためです。理由の候補をそのまま報告に載せないでください。
未公表の月次数値は社外秘です。試算表をそのまま扱うため、会社が認めたAI環境(学習に使われない契約)で行うことが前提です。個人向けの無料プランで行う作業ではありません。共通ルール
抽出基準は会社の重要性に合わせて決めます。例の「500万円・10%」は説明用の目安です。会社の規模や、開示で使っている重要性の考え方(有価証券報告書の「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」で説明している水準など)と整合させてください。
AIが書き出したExcelは必ず開いて確認します。列のずれ、単位の取り違え(千円と百万円)、四捨五入の違いが起きることがあります。元の試算表と数値を突き合わせてから使ってください。
未公表の決算数値は機密情報です。会社が認めたAI環境かどうかを確認し、必要なら金額を伏せて構造だけを渡します。詳しくはセキュリティとガバナンスのページを参照してください。

8. After ― 翌月以降、何が変わるか

  • 変動分析コメントが、事実・仮説・確認事項の3つに分かれた形で出てくるようになります。書き出しに悩む時間が減ります。
  • 確認事項がそのまま各部門への照会リストになり、「なんとなく書いた説明」が無くなります。
  • しきい値と並び順のルールが決まるので、誰が担当した月でも報告の粒度が揃います。
  • 上司や監査法人から「なぜこの説明なのか」と聞かれたときに、どの数字から来た話かを指させます。
明日の仕事で試すこと
  • 先月自分が書いた変動分析コメントをAIに読ませ、事実・仮説・確認事項に分け直させる
  • 分け直した結果、「仮説」に入った文が何本あるかを数える
  • そのうち、確認せずに報告していたものがあれば、今月は確認してから書く

応用 ― 難易度を上げる場合

★★★:毎月同じ手順なので、Claude Code/Pythonで「フォルダに当月の試算表が置かれたら、抽出・下書き・Excel書き出しまで自動で実行する」処理にできます。抽出のロジックがプログラムとして固定されるため、担当者が変わっても結果が変わらず、内部統制上も説明しやすくなります。