月次決算の変動分析コメントを下書きする
試算表の前月比・予算比から「どこが・いくら・なぜ動いたか」の説明文を、AIにExcelを直接読ませて下書きさせる方法です。数字の把握はAI、理由づけの裏取りは人が行います。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社の月次決算。部門別のP/Lは会計システムから出せますが、変動分析に使う前月比較表は、担当者が毎月手作業で作っています。今月の手元はこうなっています。
- 勘定科目の並びが前月と違う。新しい科目が2つ増え、使われなくなった科目が1つ消えている。そのままでは行がずれる。
- 組織変更で部門が分割された。前月の「開発部」が「開発1部」「開発2部」に分かれ、前月と比較できない行がある。
- 販管費に一括で計上された行がある。内訳は別のExcelにあり、比較表からは何が増えたのか分からない。
- 予算データが最新か分からない。期中に修正予算が出ているが、手元のファイルがその版かどうか確認が取れていない。
- 前月の修正仕訳が当月に入っている。前月分の戻し処理が当月の数字に混ざっており、純粋な当月の増減ではない行がある。
この状態の表を見ながら、締切までに変動分析コメントを書きます。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
(a) 表をそろえる
科目の並び、組織変更後の対応関係、前月修正仕訳の分離。毎月似た作業。
(b) どこを説明するか決める
すべての差異を説明する必要はない。金額影響の大きいものから。
(c) 説明を書く
事実と仮説を分けて書く。
(d) 確認する
データから分からないことを、誰に聞くか決める。
前月比較表そのものを作る工程。毎月同じ集計なので、Excelのピボットテーブルか Power Query で組んだほうが速く、結果も安定します。組織変更の対応表も、一度作れば毎月使えます。AIを使うのは、表ができたあとの「差異の説明の下書き」と「確認事項の洗い出し」だけで十分です。
3. AIに任せること/人が判断すること
- Excelの試算表から、増減額・増減率が基準を超える科目を抽出する
- 科目ごとに「金額・率・方向」を型どおりの文章にする
- 補助科目や部門別の内訳から、増減の内訳(どの部門・どの取引先が大きいか)を示す
- 「理由の候補」を、内訳データから読み取れる範囲で提示する
- 増減の本当の理由(一時的か構造的か、計上時期のずれか)の確認
- 現場へのヒアリングと、その結果の反映
- 経営層に伝えるべき重要度の判断と、コメントの取捨選択
- 最終的な報告文の承認
4. 実行 ― AIとのやりとり
- 月次の試算表(前月・当月・予算の列があるもの)と、補助科目または部門別の内訳表を、作業用フォルダに置きます。社外に出せない数値を扱うため、会社が認めたAI環境で行います(共通ルール参照)。
- Cowork(フォルダ内のファイルをAIが直接読み書きできる機能)でそのフォルダを指定し、下のプロンプトで抽出とコメント下書きを依頼します。
- 返ってきた下書きの「理由の候補」を現場に確認し、事実に基づいて修正・取捨選択したうえで報告に載せます。
出力のイメージ(AIが書き出す下書きの1行)
| 科目 | 事実 | 内訳 | 理由の候補 | 確認状況 |
|---|---|---|---|---|
| 外注費 | 前月比+12.4百万円(+18.3%)。予算比+8.1百万円(+11.6%)。 | 第2事業部+9.8百万円、第1事業部+2.1百万円 | 第2事業部のA案件で外部要員が増えた可能性。計上時期のずれ(前月分の請求遅れ)の可能性もあり——要ヒアリング | (空欄) |
※ 説明用の架空の例です。数値・部門名は実在のものではありません。
往復1回目 ― AIがデータにない原因を書いた
「外注費が前月比+12.4百万円(+18.3%)増加しました。これは外部要員の増加によるものです。」
渡したのは勘定科目別の金額だけです。「外部要員が増えた」は、そのデータからは分からない事実。AIが一般的にありそうな理由を当てはめています。このまま報告に載せると、根拠のない説明になり、後で聞かれたときに答えられません。
「入力資料にない情報を使わないでください。①データから確認できる事実 ②考えられる仮説 ③担当者に確認すべき事項、の3つに分けて書き直してください。仮説には必ず『〜の可能性』と書いてください。」
事実:外注費 前月比+12.4百万円(+18.3%)。うち開発1部が+9.8百万円。
仮説:特定部門に偏っているため、その部門の稼働または発注単価の変化の可能性。
確認事項:開発1部の当月発注一覧、前月末の未検収残。
確認事項を開発1部に照会し、返ってきた事実で仮説を確定するか、削除します。仮説のまま報告書に載せません。
往復2回目 ― 増減率の大きい順に並べてしまった
変動の大きい順に並べさせたところ、1位が「会議費 前月比+300%」だった。
会議費の増加額は12万円。率は大きいが、金額の影響は小さい。報告で説明すべきなのは金額の影響が大きいもので、率ではありません。このまま並べると、読み手の目が小さい項目に取られます。
「増減率ではなく、増減額の絶対値が大きい順に並べてください。増減額が○百万円未満の科目は、一覧に含めないでください。ただし、率が著しく大きいものは別枠で『参考』として列挙してください。」
金額順の一覧と、参考の一覧に分かれました。
しきい値(○百万円)を自社の規模と報告の慣行に合わせて決めます。しきい値を決めるのは人です。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- AIがデータにない原因を書く … 「事実・仮説・確認事項」の3つに分けて書き直させます(往復1回目)。仮説には必ず「〜の可能性」を付けさせます。
- 増減率の大きい順に並んでしまう … 増減額の絶対値が大きい順に並べ直させ、しきい値未満は一覧から外します。しきい値を決めるのは人です(往復2回目)。
- 科目の並びや組織変更で行がずれる … AIに直させず、前月比較表を作る工程(ピボットテーブル/Power Query)と組織変更の対応表で吸収します。
- 前月の修正仕訳が当月に混ざる … 純粋な当月の増減ではない行は、比較表の段階で分けておきます。分けられないものは「確認事項」に回します。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- コメントの1文ずつについて、渡したデータのどの数字から来ているかを指させるか確認する。指させない文は、AIが足した文です。
- データに無い固有名詞が入っていないかを探す。案件名、取引先名、人名、部署名。渡していない固有名詞が出てきたら、それはAIが作ったものです。Excelの検索やブラウザのページ内検索(Ctrl+F/⌘+F)で、渡していない語を1つずつ探すのが確実です。
- 「〜の可能性」が付いていない断定文が残っていないかを確認する。確認済みの事実以外に断定文があってはいけません。
- 金額と増減率を1件、電卓で検算する。AIは計算を間違えることがあります。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 変動分析コメントが、事実・仮説・確認事項の3つに分かれた形で出てくるようになります。書き出しに悩む時間が減ります。
- 確認事項がそのまま各部門への照会リストになり、「なんとなく書いた説明」が無くなります。
- しきい値と並び順のルールが決まるので、誰が担当した月でも報告の粒度が揃います。
- 上司や監査法人から「なぜこの説明なのか」と聞かれたときに、どの数字から来た話かを指させます。
- 先月自分が書いた変動分析コメントをAIに読ませ、事実・仮説・確認事項に分け直させる
- 分け直した結果、「仮説」に入った文が何本あるかを数える
- そのうち、確認せずに報告していたものがあれば、今月は確認してから書く
応用 ― 難易度を上げる場合
★★★:毎月同じ手順なので、Claude Code/Pythonで「フォルダに当月の試算表が置かれたら、抽出・下書き・Excel書き出しまで自動で実行する」処理にできます。抽出のロジックがプログラムとして固定されるため、担当者が変わっても結果が変わらず、内部統制上も説明しやすくなります。