資金繰り・財務 › 業務キャッチアップ活用案

来月から資金繰りを担当してください、と言われたとき

資金繰り表のExcelと共有フォルダだけを引き継ぎ、前任者と話せる時間が2時間しかないときの進め方です。AIには「質問リスト」を作らせ、自社固有のことは前任者と社内規程で確かめます。

AI操作難易度★★☆☆☆ 経理財務 実務難易度★★★☆☆ 使う道具チャット型AI+Excel

1. Before ― 手元はどうなっているか

架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社。経理歴8年の担当者が、上司からこう言われました。「来月から資金繰りをお願いします。前任のAさんは今月末で異動です。」引き継いだのは、次の3つだけです。

  • 「資金繰り表.xlsx」というExcelファイル1つ。12か月分の行と、入金・出金の項目が並んでいる。
  • 共有フォルダのショートカット。中に何が入っているかは開いてみないと分からない。
  • 前任者と話せる時間は、合計で2時間ほど。引継ぎ期間が短く、それ以上は取れない。

分からないことは、こういう種類のものでした。

  • 資金繰り表の各行が何を指しているのか。「その他入金」に何が入るのか、表からは分からない。
  • 毎日やること、毎週やること、毎月やることの区別がつかない。前任者は何かを毎日見ていたようだが、それが何かは分からない。
  • 誰に何を聞けばよいか分からない。入金予定は営業に聞くのか、経理の別担当に聞くのか。
  • いつまでに何を決めないと支払いが止まるのかが分からない。これがいちばん怖い。

「資金繰りとは」を検索すると一般的な説明は出てきますが、自社のこの表をどう回すのかは、どこにも書いていません。

2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか

分からないことを、AIに聞けば分かるものと、人に聞くしかないものに分けます。ここが分かれると、2時間の使い道が決まります。

(a) 一般的な用語と表の構造
AIが得意。資金繰り表に一般にどんな項目があり、それぞれ何を意味するか。

(b) 自社固有のこと
AIは知らない。「その他入金」に実際に何が入っているか、支払サイト、承認ルート、銀行との取り決め。

(c) 時間軸への落とし込み
一般形はAIが作れる。日付は自社のもの。

(d) 誰に聞くかのリスト
AIに作らせて、人が確定する。

ここはAIを使わない

自社の資金繰り表の各行に実際に何が入っているか、銀行との取り決め(当座貸越の枠、振込の締め時間)、支払サイト、承認ルート。これらはAIに聞いても分かりません。ここはExcelの実物と社内の規程、そして前任者に当たります。AIに作らせるのは「質問リスト」であって「答え」ではありません。前任者との2時間を、AIに聞けば分かることに使わないでください。

3. AIに任せること/人が判断すること

AIに任せる
  • 資金繰り表の一般的な構造と、各項目が一般に何を指すかの説明
  • 自分の表の見出し行を渡して、項目ごとの一般的な中身の候補を出させる
  • 日次・週次・月次のタスクの一般形を作らせる
  • 前任者への質問リストを作らせる
  • 引継ぎ後に使うチェックリストのたたき台を作らせる
人が判断する
  • 自社の実際のルールと数字の確認
  • 支払の実行と、その承認
  • 銀行とのやりとり
  • 前任者の運用を変えるかどうかの判断(初月は変えない)

4. 実行 ― AIとのやりとり

用語:チャット型AIだけで完結する使い方です。渡すのは表の見出し行(項目名)だけで、金額や口座情報は渡しません。用語集
最初にAIへ出す指示(そのまま貼って使えます)【場面と読み手】 私は経理担当です。来月から資金繰りを担当することになりましたが、財務業務の経験はありません。前任者と話せる時間が限られているため、聞くべきことを先に整理したいと考えています。読み手は私自身です。 【事実/入力】 ・当社は事業会社です(架空の設定です) ・引き継いだのは資金繰り表のExcel1つと、共有フォルダだけです ・以下に、資金繰り表の見出し行(項目名のみ、金額は含みません)を貼ります ・私はこの表の各項目が何を指すのかを知りません 【依頼】 この表を毎月回すために、何を知る必要があるかを整理してください。 【出力の型】 次の3列の表 ①項目名 ②一般にどういうものか ③自社で確認が必要なこと 【禁止事項】 ・一般論の解説だけで終わらせないでください ・日付・金額・銀行名など、私が伝えていない具体的な値は書かないでください ・分からないことは「社内で確認」と書いてください

往復1回目 ― 一般論しか返ってこなかった

AIの初稿

「資金繰り管理では、資金繰り表を作成して将来の入出金を予測し、資金ショートを未然に防ぐことが重要です。日々の残高管理と、月次での見直しを行いましょう。」

ここが問題

正しいけれど、これを読んでも明日何をすればいいか分かりません。渡した表の項目とも対応していません。最初の指示で「一般論の解説だけで終わらせないでください」と書きましたが、まだ足りませんでした。

追加で出した指示

「解説は不要です。貼り付けた見出し行の項目を1行ずつ表にしてください。列は『項目名』『一般にどういうものか』『自社で確認が必要なこと』の3つだけにして、それ以外の文章は書かないでください。」

修正版

表になりました。たとえば「その他入金 / 一般には保険金の受取、税金の還付、固定資産の売却代金などが入る / 貴社で実際に何が入っているかは社内で確認」。

人が最後にやること

「社内で確認」が付いた項目を抜き出し、そのまま前任者への質問リストにします。この時点で、聞くべきことが紙1枚になっています。

往復2回目 ― AIが日付を作った

AIの初稿

週次・月次のタスク表を作らせたところ、「毎月25日:支払処理を実行」「毎月末日:翌月の資金繰り表を更新」と書かれていた。

ここが問題

支払日を一度も伝えていません。AIが一般的な商習慣から日付を作っています。資金繰りで日付を間違えると、支払遅延に直結します。しかも表の形になっていると、正しい情報に見えてしまいます。

追加で出した指示

「私が伝えていない日付・金額・銀行名は書かないでください。日付の欄は空欄にして『(要確認)』とだけ書いてください。」

修正版

「毎月(要確認)日:支払処理を実行」に変わりました。空欄が、そのまま確認すべき項目の一覧になりました。

人が最後にやること

空欄を、社内の規程と前任者への確認で1つずつ埋めます。埋まらないうちは、その作業を自分の判断で進めません。

5. エラーと例外 ― うまくいかないとき

  • AIがまた一般論に戻る … 自社の資料の実物(見出し行だけでも)を毎回渡します。渡す情報が増えるほど具体的になります。ただし金額と口座情報は渡しません。
  • 社内の略語が通じない … 「SS計上」「先方都合分」のような社内用語を、AIは知らないのに推測して説明してきます。社内用語はAIに説明させず、前任者に聞きます。
  • 前任者に聞けなかった項目が残った … 「未確定リスト」として別に残します。初月は、分からないまま運用を変えません。前任者のやり方をそのまま踏襲し、理由が分かってから変えます。
  • 初月の安全策 … 初月は、支払実行の前に上司または前任者にダブルチェックを依頼します。「自分だけで判断しない月」を最初に1回作っておきます。

6. 検証 ― 正しいとどう言えるか

この活用例の成果物はチェックリストなので、数字の照合はできません。代わりに次の4つで確かめます。

  1. 前任者に30分だけ見てもらう。作ったチェックリストを見せて、抜けを指摘してもらいます。ゼロから教わるより、作ったものを直してもらうほうが、短い時間で済みます。
  2. 初月の実績と、資金繰り表の予測を突き合わせる。差が大きい項目が、理解が足りていない項目です。
  3. 「なぜこの数字なのか説明できない行」がゼロになるまで質問を続ける。説明できない行が残っているうちは、まだ引き継げていません。
  4. (要確認)が1つも残っていないことを確認する。

7. 注意点

資金や銀行に関する情報は機密性が高い情報です。口座番号、残高、借入の条件、取引先ごとの金額をAIに渡しません。渡すのは項目名と表の構造だけにします。どこまで渡してよいかは社内ルールで確認してください。
AIの説明はあくまで一般論です。自社の運用と違うことがあります。違ったときは自社が正しい、と考えてください。
支払の実行と承認は、必ず規程どおりに行います。AIが作った手順が規程より簡単に見えても、手順を省略しないでください。
この活用例の設例は架空です。実際の項目や締切は会社ごとに違います。

8. After ― 翌月以降、何が変わるか

  • 「分からないことが分からない」状態が、質問リストという形になります。
  • 前任者との2時間を、AIに聞けば分かることではなく、自社固有のことだけに使えます。
  • 作ったチェックリストが、そのまま次の担当者への引継ぎ資料になります。自分が受け取れなかったものを、次の人には渡せます。
  • 初月を越えたあと、どこを変えるべきかを自分の言葉で説明できるようになります。
明日の仕事で試すこと
  • 資金繰り表の見出し行だけをコピーしてAIに渡し、各項目が一般に何を指すかを一覧にさせる
  • 出てきた説明のうち、自社でどうなっているか分からないものに印をつける
  • 印のついた項目を、そのまま前任者への質問リストにする

応用 ― 難易度を上げる場合

同じ型が、初めて担当する業務すべてに使えます。決算、税務申告、固定資産管理、連結。変えるのは【事実/入力】に貼る資料の見出しだけです。慣れてきたら、自分の理解をAIに説明して、抜けている観点を指摘させる使い方もできます(ただしAIの指摘も一般論なので、自社で確認します)。