来月から資金繰りを担当してください、と言われたとき
資金繰り表のExcelと共有フォルダだけを引き継ぎ、前任者と話せる時間が2時間しかないときの進め方です。AIには「質問リスト」を作らせ、自社固有のことは前任者と社内規程で確かめます。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社。経理歴8年の担当者が、上司からこう言われました。「来月から資金繰りをお願いします。前任のAさんは今月末で異動です。」引き継いだのは、次の3つだけです。
- 「資金繰り表.xlsx」というExcelファイル1つ。12か月分の行と、入金・出金の項目が並んでいる。
- 共有フォルダのショートカット。中に何が入っているかは開いてみないと分からない。
- 前任者と話せる時間は、合計で2時間ほど。引継ぎ期間が短く、それ以上は取れない。
分からないことは、こういう種類のものでした。
- 資金繰り表の各行が何を指しているのか。「その他入金」に何が入るのか、表からは分からない。
- 毎日やること、毎週やること、毎月やることの区別がつかない。前任者は何かを毎日見ていたようだが、それが何かは分からない。
- 誰に何を聞けばよいか分からない。入金予定は営業に聞くのか、経理の別担当に聞くのか。
- いつまでに何を決めないと支払いが止まるのかが分からない。これがいちばん怖い。
「資金繰りとは」を検索すると一般的な説明は出てきますが、自社のこの表をどう回すのかは、どこにも書いていません。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
分からないことを、AIに聞けば分かるものと、人に聞くしかないものに分けます。ここが分かれると、2時間の使い道が決まります。
(a) 一般的な用語と表の構造
AIが得意。資金繰り表に一般にどんな項目があり、それぞれ何を意味するか。
(b) 自社固有のこと
AIは知らない。「その他入金」に実際に何が入っているか、支払サイト、承認ルート、銀行との取り決め。
(c) 時間軸への落とし込み
一般形はAIが作れる。日付は自社のもの。
(d) 誰に聞くかのリスト
AIに作らせて、人が確定する。
自社の資金繰り表の各行に実際に何が入っているか、銀行との取り決め(当座貸越の枠、振込の締め時間)、支払サイト、承認ルート。これらはAIに聞いても分かりません。ここはExcelの実物と社内の規程、そして前任者に当たります。AIに作らせるのは「質問リスト」であって「答え」ではありません。前任者との2時間を、AIに聞けば分かることに使わないでください。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 資金繰り表の一般的な構造と、各項目が一般に何を指すかの説明
- 自分の表の見出し行を渡して、項目ごとの一般的な中身の候補を出させる
- 日次・週次・月次のタスクの一般形を作らせる
- 前任者への質問リストを作らせる
- 引継ぎ後に使うチェックリストのたたき台を作らせる
- 自社の実際のルールと数字の確認
- 支払の実行と、その承認
- 銀行とのやりとり
- 前任者の運用を変えるかどうかの判断(初月は変えない)
4. 実行 ― AIとのやりとり
往復1回目 ― 一般論しか返ってこなかった
「資金繰り管理では、資金繰り表を作成して将来の入出金を予測し、資金ショートを未然に防ぐことが重要です。日々の残高管理と、月次での見直しを行いましょう。」
正しいけれど、これを読んでも明日何をすればいいか分かりません。渡した表の項目とも対応していません。最初の指示で「一般論の解説だけで終わらせないでください」と書きましたが、まだ足りませんでした。
「解説は不要です。貼り付けた見出し行の項目を1行ずつ表にしてください。列は『項目名』『一般にどういうものか』『自社で確認が必要なこと』の3つだけにして、それ以外の文章は書かないでください。」
表になりました。たとえば「その他入金 / 一般には保険金の受取、税金の還付、固定資産の売却代金などが入る / 貴社で実際に何が入っているかは社内で確認」。
「社内で確認」が付いた項目を抜き出し、そのまま前任者への質問リストにします。この時点で、聞くべきことが紙1枚になっています。
往復2回目 ― AIが日付を作った
週次・月次のタスク表を作らせたところ、「毎月25日:支払処理を実行」「毎月末日:翌月の資金繰り表を更新」と書かれていた。
支払日を一度も伝えていません。AIが一般的な商習慣から日付を作っています。資金繰りで日付を間違えると、支払遅延に直結します。しかも表の形になっていると、正しい情報に見えてしまいます。
「私が伝えていない日付・金額・銀行名は書かないでください。日付の欄は空欄にして『(要確認)』とだけ書いてください。」
「毎月(要確認)日:支払処理を実行」に変わりました。空欄が、そのまま確認すべき項目の一覧になりました。
空欄を、社内の規程と前任者への確認で1つずつ埋めます。埋まらないうちは、その作業を自分の判断で進めません。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- AIがまた一般論に戻る … 自社の資料の実物(見出し行だけでも)を毎回渡します。渡す情報が増えるほど具体的になります。ただし金額と口座情報は渡しません。
- 社内の略語が通じない … 「SS計上」「先方都合分」のような社内用語を、AIは知らないのに推測して説明してきます。社内用語はAIに説明させず、前任者に聞きます。
- 前任者に聞けなかった項目が残った … 「未確定リスト」として別に残します。初月は、分からないまま運用を変えません。前任者のやり方をそのまま踏襲し、理由が分かってから変えます。
- 初月の安全策 … 初月は、支払実行の前に上司または前任者にダブルチェックを依頼します。「自分だけで判断しない月」を最初に1回作っておきます。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
この活用例の成果物はチェックリストなので、数字の照合はできません。代わりに次の4つで確かめます。
- 前任者に30分だけ見てもらう。作ったチェックリストを見せて、抜けを指摘してもらいます。ゼロから教わるより、作ったものを直してもらうほうが、短い時間で済みます。
- 初月の実績と、資金繰り表の予測を突き合わせる。差が大きい項目が、理解が足りていない項目です。
- 「なぜこの数字なのか説明できない行」がゼロになるまで質問を続ける。説明できない行が残っているうちは、まだ引き継げていません。
- (要確認)が1つも残っていないことを確認する。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 「分からないことが分からない」状態が、質問リストという形になります。
- 前任者との2時間を、AIに聞けば分かることではなく、自社固有のことだけに使えます。
- 作ったチェックリストが、そのまま次の担当者への引継ぎ資料になります。自分が受け取れなかったものを、次の人には渡せます。
- 初月を越えたあと、どこを変えるべきかを自分の言葉で説明できるようになります。
- 資金繰り表の見出し行だけをコピーしてAIに渡し、各項目が一般に何を指すかを一覧にさせる
- 出てきた説明のうち、自社でどうなっているか分からないものに印をつける
- 印のついた項目を、そのまま前任者への質問リストにする
応用 ― 難易度を上げる場合
同じ型が、初めて担当する業務すべてに使えます。決算、税務申告、固定資産管理、連結。変えるのは【事実/入力】に貼る資料の見出しだけです。慣れてきたら、自分の理解をAIに説明して、抜けている観点を指摘させる使い方もできます(ただしAIの指摘も一般論なので、自社で確認します)。