同じ問い合わせに、また一から答えているとき
過去の回答メールを「質問の型」ごとに束ね、型ごとの下書きを持つ方法です。規程の解釈と例外の判断は人が行い、改定前の古い回答が混ざらないように日付で線を引きます。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。経理には、営業やコンサルタントから経費精算の質問が月に20件ほど来ます。
- 「タクシー代はどこまで出ますか」「領収書をなくしました」「立替が3か月前のものですが精算できますか」「海外出張の日当は」。
- 前にも同じ質問に答えた記憶がある。ただ、どのメールだったか探すのに10分かかり、結局一から書く。
- 担当者によって答えが微妙に違う。同じ質問に、AさんとBさんで違う回答をしていたことが、あとでわかった。
- 去年、旅費規程が改定された。改定前の回答メールも、同じフォルダに残っている。
問い合わせ対応そのものは大事な仕事ですが、「前に答えたことを、もう一度探して、もう一度書く」部分は、誰の役にも立っていません。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
(a) 過去の回答を「質問の型」で束ねる
20件の質問は、実際には7〜8種類の型に収まる。AIに束ねさせる。
(b) 型ごとに「回答の下書き」を持つ
次に来たとき、下書きに今回の事情を足すだけにする。
(c) 古い回答を混ぜない
規程改定の前後で答えが変わっているものがある。ここがいちばん危ない。
(d) 新しい質問が来たら、型を判定して下書きを出す
5分で返せる状態にする。
規程の解釈と、例外を認めるかどうかの判断。「3か月前の立替を精算してよいか」は、規程に書いてあればその通りに、書いていなければ上司の判断です。AIに聞くと、もっともらしい一般論で答えてしまいます。AIに任せるのは、過去に自分たちがどう答えたかを整理することと、下書きを作ることまで。答えの中身の正しさは、現行の規程で人が確かめます。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 過去の回答メールを「質問の型」ごとに分類する
- 型ごとに、過去の回答から共通する部分を抜き出して下書きにする
- 回答が食い違っている過去メールを見つける
- 新しい問い合わせがどの型かを判定し、下書きを出す
- 下書きの中身が、現行の規程と合っているか
- 食い違っていた回答のどちらが正しいか
- 例外を認めるかどうか
- 実際に送る文面
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 過去の回答を集める
過去半年分の回答メールを、質問者の名前・金額・案件名を消して、日付と本文だけをテキストにまとめます。30件もあれば十分です。規程の改定日がわかっていれば、それも伝えます。
往復1回目 ― 改定前の回答が混ざった
型は8つに分かれ、下書きもできた。ただし「タクシー代」の下書きが「深夜の帰宅は上限3,000円まで」となっていた。
これは改定前の回答からとった値です。4月の改定で変わっています(架空の設定)。改定日を伝えていたのに、AIは日付を見ずに「いちばん多かった答え」を採用しました。過去回答をまとめると、古い答えが多数派になることがあります。
「各型の下書きは、2026年4月1日以降の回答だけをもとにしてください。それより前の回答しかない型は、『改定後の回答なし・規程で要確認』と書いてください。」
「タクシー代」の下書きから金額が消え、「上限は規程○条を確認」となりました。改定後の回答が1件もない型が2つあり、そこには「規程で要確認」が付きました。
8つの下書きを、現行の規程と1つずつ突き合わせます。下書きに書かれた金額・期限・条件は、すべて規程で確認するまで「仮」扱いです。
往復2回目 ― 新しい問い合わせに使う
翌週、新しい質問が来ました。「先月の出張のタクシー代、領収書が手書きなんですが大丈夫ですか」。問い合わせ文を貼って、次のように頼みます。「次の問い合わせは、先ほどの8つの型のどれに当たりますか。該当する型の下書きをもとに、返信の下書きを作ってください。判断が必要な点があれば、下書きの中に『【確認】』と書いて空けてください。」
「タクシー代」の型と判定し、下書きを作った。ただし「手書きの領収書でも精算できます」と書かれていた。
過去回答のどこにも「手書きの領収書」の話はありません。AIが一般論で埋めました。型の判定は合っていますが、質問の核心(手書き領収書の可否)は型の外にあります。
「過去の回答にない論点は、答えを書かずに『【確認】手書き領収書の可否』と空けてください。」
タクシー代の部分は下書きどおり、手書き領収書の部分は「【確認】」になりました。
【確認】を規程で調べ、なければ上司に聞いて埋めます。埋めた答えは、型の下書きに追記します。これで次に同じ質問が来たとき、5分で返せます。
往復3回目 ― 型の一覧を「育てる」
「今回追加した論点(手書き領収書)を含めて、型の一覧と下書きを更新してください。更新した箇所に『2026-09 追記』と印を付けてください。」と頼みます。
型「タクシー代」の下書きに追記:「手書き領収書は、○○の場合に限り可(規程○条、2026-09 追記)」
更新した一覧を、同僚2名と共有フォルダに置きます。誰が答えても同じ答えになる状態が目標です。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- 型が多すぎる(20個以上) … 分け方が細かすぎます。「同じ規程の条文で答えるものは同じ型」と指示して束ね直します。
- 食い違いが見つかった … どちらが正しいかをAIに聞きません。規程で確認し、間違っていた方の質問者に訂正の連絡が必要かを上司と決めます。
- 規程が貼れない(社外に出せない) … 貼らなくて構いません。下書きの「規程○条を確認」を、人が埋める運用で十分回ります。
- 質問が型に当てはまらない … 新しい型として追加します。月に1つ増えるくらいが普通です。
- 同僚が下書きをそのまま送ってしまう … 下書きの先頭に「【確認】がある間は送らない」と書いておきます。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- 8つの下書きの金額・期限・条件が、すべて現行規程と一致しているか。1つでも「仮」が残っていれば、その型はまだ使いません。
- 改定前の回答だけからできた型がないか。
- 同僚2名に、同じ質問を下書きで答えてもらい、同じ答えになるか。
- 1か月後、「探して一から書く」時間が減ったか。減っていなければ、型の分け方か置き場所に問題があります。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 問い合わせの8割が、下書きに事情を足すだけで返せます。
- 誰が答えても同じ答えになります。
- 型の一覧が、そのまま「経費精算FAQ」の原稿になります。社内に公開すれば、問い合わせ自体が減ります。
- 【確認】で埋めた答えが積み上がり、規程の「読み方」が部内に残ります。
- 過去1か月の問い合わせメールを、名前と金額を消して10件だけ貼る
- 型に分けさせ、いくつの型になるか見る
- 改定前の回答が混ざっていないかだけ確認する
応用 ― 難易度を上げる場合
同じ型が、他部署からの「請求書の宛名は」「支払サイトは」といった問い合わせにも使えます。型の一覧が育ってきたら、社内ポータルにFAQとして置き、問い合わせの入口に「まずここを見てください」と書きます。