自分の会計処理案を、AIに反対側からレビューさせる
自分が作った会計処理案を社内で説明する前に、AIに反対側の立場から穴を探させる方法です。AIの役割は結論を出すことではなく、人の判断を強くするレビュー担当です。結論と契約書の確認、監査人との協議は人が行います。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。ある顧客向けの案件で、次の2つをまとめて請け負いました。
- 自社の技術者によるシステム開発(受託開発)
- 顧客が使う他社製ソフトウェアのライセンス(自社が手配して顧客に提供)
経理担当者は、ライセンス分について総額で売上計上する(自社が本人)という案を作りました。理由は「当社が顧客に対して案件全体の責任を負っているから」です。
ただ、自信はありません。上司に説明すると「監査法人にどう聞かれるか」を必ず問われますが、何を聞かれるのかが自分では思いつきません。かといって、最初から監査法人に相談すると、論点を整理しないまま時間を使うことになります。
手元にあるのは、自分の案と、その理由が1行だけ。反対側から考えた形跡がありません。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
この状況で足りないのは、結論ではなく反対側の視点です。整理すべきものは3つあります。
(a) 自分の案が成り立つための前提
「責任を負っている」という理由が、基準のどの考え方に対応しているのか。
(b) 前提が崩れるケース
どんな事実が出てきたら、この案は成り立たなくなるのか。
(c) 確認すべき事実
契約書のどの条項を読めば、前提の成否が分かるのか。
会計基準の原文と項番号は、必ず自分で企業会計基準委員会(ASBJ)の公表資料に当たります。AIに項番号を言わせません。AIは実在しない項番号をもっともらしく書くことがあり、それを引用すると社内資料の信頼性が一度で失われます。AIに任せるのは「どんな論点があるか」「何を確認すべきか」の広げ方であって、条文の特定ではありません。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 自分の案を支持するために必要な前提を言語化させる
- その前提が成り立たないケースを列挙させる
- 他にありうる処理案と、それが選ばれる条件を挙げさせる
- 判断に不足している事実を挙げさせる
- 契約書のどの条項を確認すべきかを挙げさせる
- 監査法人から聞かれそうな質問を作らせる
- 会計処理の結論そのもの
- 契約書を実際に読み、前提が満たされるかを確認すること
- 社内の会計方針としての決裁
- 監査人との協議と、その記録
AIの役割は、結論を出すことではなく、人の判断を強くするレビュー担当です。
4. 実行 ― AIとのやりとり
往復1回目 ― AIが結論を出してしまった
「ご提示の内容から判断すると、貴社は顧客に対して主たる責任を有していると考えられるため、本人に該当し、総額計上が適切と考えられます。なお、在庫リスクについても、ライセンスの調達を貴社が行っている以上、負担していると整理できます。」
2つあります。ひとつは、結論を出さないよう頼んだのに結論を出していること。もうひとつは、「ライセンスの調達を行っているから在庫リスクを負担している」というのは、こちらが渡していない事実からの推測であること。調達の形態(顧客が直接ベンダーと契約しているのか、当社が買い取っているのか)は、まだ何も伝えていません。
「結論を書かないでください。また、私が示していない事実を前提にしないでください。在庫リスクや価格決定権について、私は何も情報を渡していません。渡していない事項は『④不足している事実』に入れて、判断材料が無いと明記してください。」
「①前提:当社が顧客に財・サービスを提供する約束の履行に主たる責任を有していること/②崩れる場合:ライセンスの内容・数量・価格を顧客がベンダーと直接決めており、当社が発注の取次ぎのみを行っている場合/④不足している事実:在庫リスクの所在(未使用ライセンスの買取義務の有無)、価格決定権の所在(当社が顧客への提示価格を決められるか)、契約の名義(ライセンス契約の当事者は誰か)、瑕疵・障害時の一次対応の責任者、顧客がキャンセルした場合の負担者」
④に挙がった5点を、契約書の原文で確認します。確認できるまで、案を確定しません。
往復2回目 ― 想定問答が一般論だった
「Q:本人と代理人の判定はどのように行いましたか A:基準に照らして総合的に判断しました」
これでは監査法人の質問に答えられません。「総合的に判断しました」は、何も説明していないのと同じです。
「想定問答を、契約書のどの条項を根拠に答えるかまで書いてください。答えられない質問は『現時点では答えられない』と書き、答えるために何を確認する必要があるかを添えてください。」
「Q:当社が在庫リスクを負っていると言える根拠は何ですか A:契約書第○条の未使用ライセンスの取扱い条項による(要確認:現時点で条項番号を特定できていない)」のように、確認済みと未確認が分かれた形になりました。
「要確認」が付いた質問を、契約書を読んで潰していきます。潰しきれない質問が残ったら、それが監査法人に相談すべき論点になります。
確認すべき一次情報
本人・代理人の区分については、企業会計基準適用指針第30号に定めがあります。本人に該当する場合は対価の総額を、代理人に該当する場合は報酬または手数料の額(純額)を収益として認識します(第39項・第40項)。本人に該当するかどうかの評価にあたっては、主たる責任、在庫リスク、価格の裁量権という3つの指標を考慮します(第47項)。この原文は自分で開いて読みます。右欄の根拠からたどれます。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- AIが結論を出し続ける:指示を「結論を出さないでください」から「①〜⑥の見出しだけを使って書いてください。それ以外の文は書かないでください」に変えます。出力の形を縛るほうが効きます。
- AIが自信満々に項番号を書く:禁止しても書いてくることがあります。書いてきた項番号は、そのまま使わず必ず原文で確認します。
- 論点が一般論に流れる:自社の契約の具体的な事実を1つ追加で渡すと、急に具体化します。事実を渡せば渡すほど精度は上がりますが、機密情報の範囲は社内ルールで確認します。
- AIの指摘が多すぎて処理しきれない:「④不足している事実」のうち、答えによって結論が変わるものだけに絞ります。変わらないものは確認しなくて構いません。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
この活用例の成果物は数字ではないので、照合はできません。代わりに次の3つで確かめます。
- AIが挙げた「不足している事実」が、契約書の原文で1つずつ埋まったか。埋まらないものが残っているうちは、案は確定していません。
- 想定問答に「総合的に判断しました」のような答えが残っていないか。残っていれば、そこが説明できていない箇所です。
- 引用した基準の項番号を、自分で原文を開いて確認したか。AIの出力をそのまま転記していないか。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 上司に説明するとき、「こう考えました」だけでなく「こういう場合は成り立ちません、そこは契約書のここで確認しました」まで言えるようになります。
- 監査法人との協議が、質問に答える場ではなく、論点を突き合わせる場になります。
- 同じ型が、減損・税効果・引当金・契約変更など、判断を伴う他の論点でもそのまま使えます。変えるのは【事実/入力】の中身だけです。
- 今抱えている論点を1つ選び、自分の案を3行で書く
- AIに「この案に賛成しないでください。成り立たない場合と、確認すべき事実を挙げてください」と渡す
- 出てきた「不足している事実」のうち、答えによって結論が変わるものだけに印をつける
応用 ― 難易度を上げる場合
同じ論点について、賛成側の主張と反対側の主張をそれぞれAIに書かせ、両方を並べて自分で採点します。どちらの主張がどの事実に依存しているかが見えるようになり、確認すべき事実の優先順位が付けやすくなります。