新しいリース基準に向けて、契約書からリースを含む契約の台帳を作る
約200件の契約一覧から「特定の物・場所・設備を一定期間使う」契約を候補として抜き、契約書の該当条項から対象・期間・更新・解約・支払を表にして、監査法人と判定するための一覧を作る方法です。候補の抜き出しと情報の抜き出しはAI、判定は監査法人と行います。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。監査法人から「新しいリース基準の適用に向けて、リースを含む契約の棚卸しを始めてください」と言われました。適用まで、まだ時間はあります(時期は制度改正カレンダーで確認)。ただ、始めてみると手が止まります。
- 「リース契約」と名前のついた契約は、コピー機とサーバーの2件だけ。それだけなら簡単だが、監査法人は「名前がリースでなくても、リースを含む契約がある」と言う。
- 契約書は法務部の共有フォルダに約200件ある。オフィスの賃貸借、駐車場、社宅、倉庫、データセンターの利用、ソフトウェアの利用、車両、通信回線、保守。どれが対象になり得るのか、経理にはわからない。
- 契約書を1件ずつ全部読む時間はない。
- 判定の要件は基準に書いてあるが、200件にそれを当てるのは別の話。
ここでやるのは判定ではありません。判定を監査法人と行うための「一覧」を作ることです。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
(a) 契約の一覧を作る … 契約名/相手/対象(物・場所・サービス)/期間/更新・解約の条項の有無。法務の台帳があれば、そこから。
(b) 「リースを含む可能性のある契約」を候補として抜く … 特定の物や場所を使う契約は候補。AIに一次選別させる。
(c) 候補ごとに、判定に必要な情報を契約書から抜き出す … 対象資産の特定、期間、更新・解約、支払の条件。AIが抜き出し、人が原文で確かめる。
(d) 一覧を監査法人に渡して、判定は一緒に … 人。
「これはリースです」「これはリースではありません」の判定。AIは基準の要件を知っているように答えますが、貴社の契約の実態(本当にその資産を自社だけが使っているか、相手が入れ替えられるか)は、契約書の文面だけでは決まりません。判定は監査法人と。AIに任せるのは「候補を抜く」「契約書から情報を抜き出す」まで。それから、契約書に書かれていない期間や金額を、AIに作らせない。「更新の可能性が高いので期間は5年」のような補完は、すべて削除します。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 契約一覧から、「特定の物・場所・設備を使う契約」を候補として抜く
- 候補の契約書(該当条項)から、対象・期間・更新・解約・支払の条件を表に抜き出す
- 抜き出した情報のうち、契約書に書かれていない項目を「(記載なし)」と明示する
- 監査法人に渡す一覧の形に整える
- 候補の抜き方が広すぎないか、狭すぎないか(監査法人と)
- 抜き出した情報が契約書の原文と一致しているか
- 判定(監査法人と)
- 契約書に書かれていない情報を、相手先に確認するか
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 契約一覧を作る
法務の契約台帳から、契約名/相手(記号)/対象/期間/更新・解約条項の有無、を1行ずつ。200件なら200行。契約書本文はまだ貼りません。一覧だけ。
往復1回目 ― AIが判定した
候補は48件。ただし理由の欄が「オフィス賃貸借:特定の不動産を専有的に使用するためリースに該当」「クラウド利用:資産が特定されないためリースに該当しない」のように、判定になっていた。
禁止事項に書いていてもこうなります。「該当」と書かれると、一覧がそのまま判定結果に見えます。監査法人に渡す前に、それが「AIの判定」だと分かる人はいません。
「『該当する』『該当しない』の語をすべて削除してください。理由は『対象:特定の建物/期間:5年の記載あり』のように、一覧から読み取れる事実だけにしてください。」
理由が事実だけになった。「オフィス賃貸借:対象=特定の建物の3階、期間=記載あり」「クラウド利用:対象=サービス、特定の設備の記載なし」。
候補48件を監査法人に見せて、「この抜き方でよいか」を先に確認します。広すぎれば絞り、狭すぎれば足す。この段階で判定はしません。
往復2回目 ― 契約書から抜き出す(AIが期間を作った)
候補が固まったら、1件ずつ契約書の該当条項(対象・期間・更新・解約・支払)を貼って、次のように頼みます。「次の契約書の該当条項を貼ります。対象/契約期間(開始日・終了日)/更新条項/解約条項/支払(金額・頻度)を表に抜き出してください。契約書に書かれていない項目は『(記載なし)』と書いてください。推測で埋めないでください。」
ある倉庫の契約で、契約書には「期間1年、双方異議なければ自動更新」とだけあるのに、表には「契約期間:1年(自動更新のため実質5年程度と想定)」と書かれていた。
「5年程度」は契約書のどこにも書いていません。AIが「自動更新なら長期」と補いました。この数字が表に残ると、判定でも測定でも、根拠のない数字が使われます。
「『想定』『程度』『実質』という語を使わないでください。契約期間は契約書の記載どおり『1年』、更新条項は『双方異議なければ自動更新(記載あり)』と、それぞれ別の欄に分けて書いてください。」
「契約期間:1年(2026/4/1〜2027/3/31)/更新条項:双方異議なければ自動更新/解約条項:3か月前通知/支払:月額(記載あり)」になった。
表の各欄を、契約書の原文と1つずつ照合します。「(記載なし)」の欄は、相手先に確認するか、監査法人に「記載がない」として伝えます。更新後の期間をどう見るかは、判定の話であり、監査法人と。
往復3回目 ― 監査法人に渡す一覧にする
最後に、次のように頼みます。「抜き出した表を、監査法人に渡す一覧の形に整えてください。列は、契約名/対象/期間(記載どおり)/更新/解約/支払/(記載なし)の項目/当社からの質問。判定の欄は作らないでください(監査法人が書きます)。」
候補48件が、8列の一覧になった。判定の欄はなく、「(記載なし)」の項目が契約ごとに並び、「当社からの質問」欄は空欄。
一覧の「当社からの質問」欄に、自分が迷った点を書きます(「自動更新の場合の期間の見方」「サーバーの一部を借りている契約の扱い」など)。質問を書いておくと、監査法人との打ち合わせが判定の話から始められます。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- 候補が多すぎる(100件超) … 金額の小さいものや期間の短いものの扱いを、監査法人に先に聞きます。基準の内容に関わるので、自分で線を引きません。
- 契約書が古くて条項が読みにくい … 該当条項だけを、手で打ち直して貼ります。全文は不要。
- 契約書がない(口頭・メールで続いている) … 「契約書なし」として一覧に載せます。それ自体が監査法人に伝えるべき情報です。
- AIがまた判定する … 「該当」の語を削除させます。毎回。
- 法務の台帳が古い … 台帳にない契約(各部署が個別に結んでいるもの)は、経費の支払先一覧から逆に探します。毎月同じ相手に同じ金額を払っていれば、契約があります。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- 一覧に「該当」「想定」「程度」の語が残っていないか。
- 抜き出した各欄が、契約書の原文と一致しているか(1件ずつ照合済みか)。
- 「(記載なし)」の項目について、相手先に確認したか、監査法人に伝えたか。
- 監査法人が、この一覧を見て判定の打ち合わせを始められたか。「一覧の作り直し」を求められなければ、この作業は十分でした。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 200件の契約が、「候補48件・記載事項つき」の一覧になり、監査法人との打ち合わせが判定の話から始められます。
- 契約書に書かれていない項目が「(記載なし)」として見え、相手先への確認が早く始まります。
- 一覧が、適用後の台帳の土台になります。
- 契約書の読み方(対象・期間・更新・解約・支払)が身につき、収益認識の論点洗い出しにも使えます。
- 経費の支払先一覧から、毎月同じ相手に同じ金額を払っているものを10件抜く
- その10件について、契約書があるか、対象が特定の物・場所かを表にする
- 判定はしない。表を監査法人に見せる日を決める
応用 ― 難易度を上げる場合
契約書の読み方の型は、契約書から収益認識の論点を洗い出すと共通です。適用時期と経過措置は制度改正カレンダーで確認し、影響する活用例に逆引きできます。オフィスの賃貸借契約は、賃貸オフィスの原状回復義務を、契約書から洗い出すと同じ契約書を見るので、あわせて進めると1回で済みます。