賃貸オフィスの原状回復義務を、契約書から洗い出す
賃借している拠点ごとに、契約書の「明渡し・原状回復」の条項を原文のまま抜き出し、5種類に分けて、監査法人と業者に渡す一覧にする方法です。条項の抜き出しと分類はAI、金額は業者の見積り、計上の要否は監査法人と行います。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。本社のほかに、支社3か所とサテライトオフィス2か所を賃借しています。監査法人から「賃借物件の原状回復義務について、拠点ごとに整理してください」と言われました。
- 本社は計上済み。以前に監査法人と話して、業者の見積りをもとに計上している。
- 支社とサテライトは、契約書を見たことがない。総務が契約している。
- 「原状回復」の条項が、契約書のどこにどう書いてあるかわからない。「借主は明渡し時に原状に復す」と一行あるだけの契約も、内装の仕様まで細かく書いてある契約もあると聞いた。
- 金額の見積りは、業者に頼まないと出ない。出ないまま、決算が近づく。
ここでやるのは、計上の判断でも金額の算定でもありません。「どの拠点に、どんな義務が、契約書に書かれているか」を一覧にすることです。それがないと、監査法人とも業者とも話が始まりません。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
(a) 拠点の一覧 … 拠点名/契約相手/契約日/期間/面積/内装工事の有無(自社で工事したか)。総務に聞く。
(b) 契約書から「原状回復」に関する条項を抜き出す … AIに条項を抜き出させ、人が原文で確かめる。
(c) 条項の内容を、種類で分ける … 「原状に復す」とだけある/内装の撤去範囲が書いてある/貸主の指定業者で行う/免除の記載がある/記載がない。
(d) 見積りに必要な情報を揃える … 面積、内装の仕様、工事の図面、過去の退去実績。人と総務と業者。
撤去費用の金額を出すこと。AIに「原状回復費用はいくらか」と聞くと、「坪あたり○万円が相場」と答えます。それは貴社の物件の数字ではありません。金額は業者の見積り、または過去の退去実績から。それから、計上の要否の判断。条項があっても、免除されていることも、実質的に義務がないと判断されることもあり、それは基準と監査法人の話です。AIに任せるのは、条項を抜き出して分類するところまで。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 契約書(該当部分)から、原状回復・明渡し・内装・造作に関する条項を抜き出す
- 抜き出した条項を、5種類(原状に復すのみ/撤去範囲の記載あり/指定業者/免除の記載/記載なし)に分ける
- 見積りに必要な情報の一覧(面積・内装の仕様・図面・過去実績)のうち、手元にあるものと無いものを整理する
- 監査法人・総務・業者に渡す一覧の形に整える
- 抜き出した条項が原文と一致しているか
- 内装工事の有無と範囲(総務・工事の記録)
- 業者への見積り依頼
- 計上の要否と金額(監査法人と)
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 拠点一覧と、契約書の該当部分
総務から拠点一覧をもらいます。契約書は、目次か見出しで「明渡し」「原状回復」「造作」「内装」を探し、その条項だけを貼ります(前後の条項も含めると安全)。相手先は記号、所在地は「拠点A」。
往復1回目 ― AIが金額を作った
表は正しかった。ただし末尾に「参考:オフィスの原状回復費用は一般に坪あたり○〜○万円が目安とされ、拠点Bの面積から概算○○万円程度が見込まれます」と書かれていた。
この数字は、どこから来たものでもありません。「一般に」の相場は、物件の築年数・内装の程度・地域で全く違います。この数字が一覧に残ると、業者の見積りを取る前に「だいたいこれくらい」が独り歩きします。禁止事項に書いていてもこうなります。
「金額・相場・概算に関する文をすべて削除してください。金額は業者の見積りで確認します。」
金額が消えた。5拠点の内訳は、①2件、②2件、⑤1件(サテライトの1つは短期契約で、原状回復の条項がなかった)。
②の2件について、撤去範囲の引用を総務に見せ、実際に自社で工事した内装がその範囲に入っているかを確認します。契約書の範囲と、実際の工事の範囲が違うことがあります。
往復2回目 ― 要約されていた
拠点Cの条項の引用が「借主は退去時に内装を撤去し原状に復する」となっていた。
原文を見ると「借主は、明渡し時に、貸主の指定する業者により、借主が施した内装・造作の一切を撤去し、原状に復するものとする。ただし、貸主が書面により承諾した場合はこの限りでない」でした。「指定業者」と「ただし書き」が要約で消えていました。指定業者なら見積りは相見積りが取れません。ただし書きがあるなら免除の可能性を貸主に聞けます。どちらも、計上と金額に効く情報です。
「拠点Cの引用を、原文どおりに書き直してください。以後、すべての引用について、省略や言い換えがないか確認し、あれば原文に戻してください。」
拠点Cは②と③と④の要素を持つ、として3つに印がついた。
引用を1件ずつ契約書の原文と照合します。AIの引用は「原文のまま」と指示しても、省略されることがあります。契約書は、省略された一文が効きます。
往復3回目 ― 業者と監査法人に渡す一覧
最後に、次のように頼みます。「表を、①業者に見積りを依頼するための一覧(拠点/面積/撤去範囲の引用/内装工事の有無/指定業者の有無)と、②監査法人に渡す一覧(拠点/種類/引用/見積りの状況/当社からの質問)の2つに分けてください。」
①業者向け(5拠点×5列)と②監査法人向け(5拠点×5列)の2表に分かれた。②の「見積りの状況」と「当社からの質問」は空欄。
①を総務経由で業者に渡し、見積りを依頼します。②の「当社からの質問」に、自分が迷った点を書きます(「ただし書きで免除の可能性がある拠点の扱い」「条項のない短期契約の扱い」)。計上の要否と金額は、見積りが出てから監査法人と。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- 契約書が総務にしかなく、電子化されていない … 該当条項だけを写真に撮り、文字に起こしてから貼ります。全文は不要。
- 内装工事の記録がない … 過去の稟議・支払から探します。工事業者への支払があれば、工事の範囲がわかります。
- 見積りが決算に間に合わない … 過去の退去実績(他拠点)があれば、それを監査法人に伝えます。実績もなければ「見積り中」として伝え、扱いを相談します。自分で概算を作りません。
- AIがまた金額を書く … 削除。毎回。
- 条項が英文(外資系の貸主) … 原文と日本語訳の両方を貼り、引用は原文で。訳はAIに任せてよいですが、引用は原文。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- 一覧に金額・相場・概算が残っていないか。
- 引用が、契約書の原文と1件ずつ一致しているか。省略・言い換えがないか。
- ②の拠点について、契約書の撤去範囲と実際の工事範囲を、総務と確認したか。
- 業者への見積り依頼が、決算前に出ているか。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 「契約書を見たことがない」拠点が、「条項の引用つきの一覧」になります。
- 業者への見積り依頼が、決算の前に出せます。
- 監査法人との打ち合わせが、「条項はこうです、見積りはこうです、ここを迷っています」から始められます。
- 新しい拠点を借りるとき、契約前に経理が条項を見る習慣ができます。契約前に見れば、条項の交渉ができます。
- 総務に、賃借している拠点の一覧をもらう
- 1拠点だけ、契約書の「明渡し」の条項を探して、原文のまま書き写す
- その条項が、5種類のどれに当たるかを自分で分ける
応用 ― 難易度を上げる場合
同じ契約書を、新しいリース基準に向けて、契約書からリースを含む契約の台帳を作るでも見ます。オフィスの賃貸借契約は、リースと原状回復の両方に関わるので、1回で両方の条項を抜き出すと効率がよいです。拠点が多い会社では、契約書の「明渡し」条項だけを集めたファイルを作っておくと、毎年の見直しが早くなります。