年次決算・開示 › 退職給付活用案

年金数理の計算報告書を、前年と比べて「変わったところ」だけ読む

年金数理人から届く退職給付債務の計算報告書を前年分と並べ、前提条件・計算結果・人員データの「変わったところ」を表にして、数理人と人事への質問にする方法です。表と質問文はAI、前提の理由と影響額は数理人、人員の中身は人事、会計処理は監査法人と行います。

AI操作難易度★☆☆☆☆ 経理財務 実務難易度★★★★☆ 使う道具チャット型AI

1. Before ― 手元はどうなっているか

架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社。確定給付型の退職金制度があり、毎年、年金数理人(アクチュアリー)から「退職給付債務の計算報告書」が届きます。担当者は経理で、数理計算の中身はわかりません。

  • 報告書は毎年同じ様式で30ページ。前提条件(割引率、昇給率、退職率、死亡率)、計算結果(債務、勤務費用、利息費用、数理計算上の差異)、人員データの要約。
  • 去年も一昨年も、報告書の数字をそのまま仕訳に使った。中身は「数理人が計算したから正しい」と思っている。
  • 監査法人に「今年、債務が大きく増えた理由は」と聞かれて、答えられなかった。報告書のどこかには書いてあるはずだが、どこを見ればいいかわからない。
  • 数理人に聞けば教えてくれる。ただ、何を聞けばいいかがわからない。

数理計算そのものは、数理人の仕事。経理の仕事は、報告書を「読んで」、変わったところを説明できる状態にすることです。

2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか

(a) 前年の報告書と今年の報告書を並べる … 同じ様式なので、並べられる。
(b) 前提条件の変化を表にする … 割引率が1.0%から0.8%に、など。
(c) 計算結果の変化を表にする … 債務が○○から○○に。
(d) 「前提の変化」と「結果の変化」を対応づけ、数理人に聞く質問にする … 「割引率の変更で債務がいくら動いたか」は、数理人が答える。
(e) 人員の変化(人事)と、結果の変化を対応づける … 採用・退職・昇給は人事が知っている。

ここはAIを使わない

前提が変わった理由を説明すること。「割引率が下がったのは市場金利の低下によるもの」とAIは書きますが、それは一般論で、貴社の数理人がどの指標を参照したかは、数理人しか知りません。それから、計算結果の妥当性の評価。「債務の増加は妥当な範囲」とAIは言いますが、AIは計算していません。AIに任せるのは、前年と今年を並べて、変わったところを表にし、質問の形にするところまで。

3. AIに任せること/人が判断すること

AIに任せる
  • 前年と今年の報告書(前提・結果・人員要約)を並べ、変わった項目を表にする
  • 前提の変化と結果の変化を、対応づけの候補として並べる(「割引率↓ → 債務↑」のような向きだけ)
  • 数理人への質問文、人事への質問文の下書き
  • 監査法人に説明するための1枚の下書き(数字は報告書のまま)
人が判断する
  • 前提の変化の理由(数理人に聞く)
  • 人員の変化の中身(人事に聞く)
  • 監査法人への説明
  • 会計処理(基準・監査法人)

4. 実行 ― AIとのやりとり

準備 ― 3か所だけ貼る

30ページ全部は貼りません。前提条件のページ、計算結果の要約ページ、人員データの要約ページの3か所。前年と今年の両方。金額は千円単位に丸めます。個人が特定できる情報(氏名・生年月日)は絶対に貼りません。要約ページに人数と平均年齢しかなければ、それでよいです。

用語:チャット型AIだけで完結する使い方です。貼るのは前提・結果の要約・人員の要約だけで、個人が特定できる情報は貼りません。用語集
最初にAIへ出す指示(そのまま貼って使えます)【場面と読み手】 私は経理担当です。年金数理人から届いた退職給付債務の計算報告書を、前年分と比べて、変わったところを説明できる状態にしたいと考えています。読み手は私と、監査法人です。 【事実/入力】 ・以下に、前年と今年の報告書から、前提条件・計算結果の要約・人員データの要約の3か所を貼ります(千円単位、個人情報は含みません) ・数理計算の方法と、会計処理は、この場では扱いません 【依頼】 ①前提条件のうち、前年と今年で変わった項目を表にしてください ②計算結果のうち、前年と今年で変わった項目を表にしてください ③人員データのうち、変わった項目を表にしてください ④①③の変化と②の変化を、対応づけの候補として並べてください(「割引率↓ → 債務↑の向き」のように、向きだけ。金額の内訳は書かない) 【出力の型】 ①②③:項目/前年/今年/差 ④:前提または人員の変化/対応しそうな結果の変化/数理人・人事への質問文(1行) 【禁止事項】 ・前提が変わった理由を推測して書かないでください ・結果が妥当かどうかの評価を書かないでください ・報告書に書かれていない数字(変化の内訳など)を計算・推測しないでください

往復1回目 ― AIが理由を書いた

AIの初稿

①の割引率の行に「1.0% → 0.8%(市場金利の低下を反映したものと考えられます)」と書かれていた。

ここが問題

どの指標を参照したかは、報告書に書いてあるか、数理人に聞くしかありません。AIの「市場金利の低下」は一般論。これを監査法人に言うと、「どの指標ですか」と聞かれて止まります。

追加で出した指示

「理由の推測をすべて削除してください。①は項目・前年・今年・差だけにしてください。理由は数理人に聞きます。」

修正版

①は3項目。割引率1.0%→0.8%、昇給率(変更なし)、退職率(変更あり:様式の記載が「退職率テーブル更新」)。

人が最後にやること

数理人に「割引率の参照指標と基準日」「退職率テーブルを更新した理由と、更新による債務への影響額」を聞きます。質問は2つ。30ページの報告書が、質問2つになりました。

往復2回目 ― AIが内訳を計算した

AIの初稿

④に「割引率の変更による債務の増加:約1,200(債務の差2,000のうち)」と書かれていた。

ここが問題

この内訳は報告書にありません。AIが感応度らしきものから概算しました。感応度の記載があっても、実際の影響額は数理人の計算によります。この「約1,200」を監査法人に言うと、根拠を聞かれて答えられません。

追加で出した指示

「金額の内訳をすべて削除してください。④は『割引率↓ → 債務↑の向き。影響額は数理人に確認』の形にしてください。」

修正版

④は向きと質問だけになった。人員データでは「人数 120 → 138(+18)」「平均年齢 36.2 → 35.1」が、「勤務費用↑の向き」と並んだ。

人が最後にやること

人事に「今年の採用18名の内訳(新卒・中途)と、退職者数」を聞きます。数理人と人事、それぞれ1通ずつ。

往復3回目 ― 監査法人向けの1枚

数理人と人事の回答が来たら、それを貼って、次のように頼みます。「数理人と人事の回答を貼ります。これをもとに、監査法人に『債務が前年から増えた理由』を説明する1枚の下書きを作ってください。数字は報告書と回答にあるものだけを使い、それ以外の数字を作らないでください。」

AIが出した下書き(架空例)

退職給付債務の増加(前年比 +2,000)の説明
・割引率の引下げ(1.0%→0.8%、参照指標:数理人回答のとおり)による影響:+1,150(数理人計算)
・退職率テーブルの更新による影響:+300(数理人計算)
・人員の増加(+18名、うち中途12名)による勤務費用の増加:+550(数理人計算)
・数理計算上の差異の内訳:数理人報告書 p.○ のとおり

人が最後にやること

この1枚を監査法人に出します。去年答えられなかった質問に、今年は1枚で答えられます。会計処理(差異の償却など)は、基準と監査法人と。

5. エラーと例外 ― うまくいかないとき

  • 報告書の様式が前年と変わった … 数理人に「対応表」をもらいます。自分で対応づけません。
  • 数理人の回答が専門用語で読めない … 回答をそのまま貼って「経理向けに言い換えて。ただし数字は変えないで」と頼みます。言い換えは任せてよい。数字と理由は任せない。
  • 人事が採用・退職の内訳を出してくれない … 人数だけでよいです。内訳がなくても、「+18名」は説明になります。
  • AIがまた理由や内訳を書く … 削除。毎回。
  • 報告書に前提の変更が書かれていない … 前提が変わっていないのに結果が大きく変わったなら、人員か制度の変更。人事と総務に聞きます。

6. 検証 ― 正しいとどう言えるか

  1. ①②③④に、報告書と回答にない数字・理由が残っていないか。
  2. 数理人への質問と人事への質問が、それぞれ1通で済んだか。
  3. 監査法人向けの1枚の各行に、出典(数理人回答/人事回答/報告書のページ)が書けるか。
  4. 監査法人に「増えた理由は」と聞かれて、1枚で答えられたか。

7. 注意点

報告書には従業員の個人情報が含まれ得ます。貼るのは前提・結果の要約・人員の要約だけ。個人が特定できる情報は絶対に貼りません。社内ルールで確認してください。
前提の理由と影響額は、数理人から。AIの一般論と概算を使いません。
会計処理(差異の扱い、費用処理、開示)は、この記事の範囲外です。基準の原文と監査法人との協議によります。
数理計算の妥当性を、経理が評価する記事ではありません。読んで、説明できる状態にする記事です。この活用例の設例は架空です。

8. After ― 翌月以降、何が変わるか

  • 30ページの報告書が、「変わったところの表」と「質問2つ」になります。
  • 監査法人に「増えた理由は」と聞かれて、1枚で答えられます。
  • 数理人・人事との質問が、毎年同じ型で回ります。
  • 前提の変化と結果の変化の対応が、年ごとにたまり、「この会社の債務は何で動くか」が経理の言葉で言えるようになります。
明日の仕事で試すこと
  • 前年と今年の報告書から、前提条件のページだけを並べる
  • 変わった項目を自分で表にする(AIを使わなくてもできる)
  • 変わった項目について、数理人に聞く質問を1つ書く

応用 ― 難易度を上げる場合

同じ「前年と比べて変わったところだけ読む」型が、税効果の計算資料、減損の兆候の資料、外部専門家からのあらゆる報告書に使えます。共通するのは、専門家の計算を評価しようとせず、変わったところを説明できる状態にすること。決算前に、去年と今年で変わったところだけ洗い出すと組み合わせると、決算前の準備と、決算中の報告書の読み方が揃います。