初めて見る決算資料の束が、どうつながっているかわからないとき
共有フォルダに残された約120個の決算資料を、「どの数字がどこへ流れるか」の地図にする方法です。ファイル名と見出しから矢印を下書きするのはAIに任せ、矢印が本当に正しいかを実物で確かめること、どれが本当の最終版かは人が判断します。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。経理歴5年の担当者が、初めて年次決算の「監査対応」を任されました。前任者から渡されたのは、共有フォルダの「FY2025決算」というフォルダ。
- ファイルが約120個ある。「試算表」「残高明細」「勘定科目内訳」「固定資産台帳」「引当金計算」「注記ドラフト」「監査法人提出リスト」「前期比較」「未払一覧」「前受一覧」「(旧)」「最終」「最終2」。
- どれがどれの元なのかわからない。「注記ドラフト」の数字は、どの資料から来ているのか。「監査法人提出リスト」に書かれた資料名と、フォルダのファイル名が一致しない。
- 順番がわからない。何を先に作れば、次が作れるのか。
- 前任者は退職済み。聞けない。
全部開いて読めば、いつかはわかります。ただ、決算は来月から始まります。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
資料の束を「地図」にします。地図に必要なのは3つ。
(a) 資料の一覧 … ファイル名と、中身の見出し(1行)。これは人が集める。開いて見出しをコピーするだけ。
(b) 資料同士の矢印 … どの資料の数字が、どの資料に流れているか。ここをAIに下書きさせる。
(c) 作る順番 … 矢印の向きから、自然に決まる。
矢印の下書きは、AIが得意です。「残高明細の売掛金合計 → 試算表の売掛金」のようなつながりは、見出しを見れば推測できます。ただし、推測は推測なので、実物で確かめます。
矢印が本当に正しいかの確認。AIは「残高明細 → 試算表」と描きますが、実際の数字が一致しているかは、両方を開いて見比べた人にしかわかりません。また、AIは「一般的な決算ならこういう資料があるはず」と、フォルダにない資料を地図に足してきます。貼った一覧にないものは、地図に入れない。地図は「あるべき資料」ではなく「あった資料」で描きます。
3. AIに任せること/人が判断すること
- ファイル名と見出しの一覧から、資料を種類ごとに束ねる
- 資料同士の「数字の流れ」の矢印を下書きする
- 矢印から、作る順番の案を出す
- 「(旧)」「最終」「最終2」のような重複候補を指摘する
- 監査法人提出リストの資料名と、ファイル名の対応を推測する
- 矢印を実物で確かめる(数字が一致するか)
- 「最終」と「最終2」のどちらが本当の最終か
- 提出リストとファイルの対応の最終確認
- 地図に載せない資料(残骸)の判断
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 一覧を作る
120個のファイルについて、ファイル名と、開いたときの見出し(シート名やタイトル行)を1行ずつ書き出します。数字は要りません。見出しだけ。30分かかりますが、これが全部の元になります。金額や取引先名は入らないので、そのまま貼れます(社名が入っていれば置き換えます)。
往復1回目 ― AIが「あるはずの資料」を足した
矢印の中に「税効果計算書 → 注記ドラフト(税効果)」があった。
フォルダに「税効果計算書」というファイルはありません。AIが、一般的な決算資料の構成から補いました。一覧をよく見ると、「引当金計算.xlsx」の中に「税効果」というシートがありました。AIは見出しの中のそれを拾わず、別ファイルとして作りました。禁止事項に書いていても、こうなります。
「矢印の元と先は、必ず私が貼ったファイル名(またはファイル名+シート名)で書いてください。貼った一覧にない名前を使ったら、その矢印は削除してください。」
「引当金計算.xlsx[税効果シート] → 注記ドラフト.docx[税効果の注記]」になった。貼った一覧にない名前は消えた。
確信度「高」の矢印から順に、両方のファイルを開いて数字が一致するかを見ます。この架空例では、「高」12本のうち11本は一致、1本(「前受一覧 → 試算表の前受金」)が一致しませんでした。前受一覧が「最終」で、試算表が「最終2」だった。地図を描いたから、版の違いが見つかりました。
往復2回目 ― 作る順番を出す
続けて、次のように頼みます。「確認できた矢印(一致した11本)をもとに、決算で資料を作る順番の案を出してください。『これができないと、次が作れない』の関係だけで並べてください。日数や締切は書かないでください。」
順番は出た。ただし各ステップに「通常3営業日」「決算日+5日」のような日数が書かれていた。
日数は伝えていません。AIが一般的な決算スケジュールから作りました。この会社の実際の日程とは関係がありません。しかも順番の表に日数が入ると、それが正しいスケジュールに見えます。
「日数・締切・営業日は一切書かないでください。順番だけにしてください。」
順番だけになった。「残高明細 → 試算表 → 勘定科目内訳 → 注記ドラフト → 提出リスト」のような流れが4系統。
順番の表に、去年の実際の日付を、ファイルの更新日時から拾って書き込みます。これで、去年この会社が実際に動いたスケジュールが復元できます。
往復3回目 ― 地図を1枚にする
最後に、次のように頼みます。「確認済みの矢印と順番をもとに、A4一枚に収まる『決算資料の地図』を、テキストの図(矢印と箱)で描いてください。確認できていない矢印は点線で、『(未確認)』と付けてください。」
4系統(売上系・費用系・資産系・開示系)の箱と矢印が1枚に並び、確認できた11本は実線、それ以外は点線で「(未確認)」と付いた図になった。
地図を印刷して、決算のあいだ手元に置きます。決算が終わったら、実際と違ったところを赤で直します。直した地図が、来年の自分と、次の担当者への引き継ぎ資料になります。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- 一覧を作るのが面倒 … 120個全部でなくてよいです。「監査法人提出リスト」に載っている資料から始めます。提出するものが、地図の幹。
- 矢印の確信度が「低」ばかり … 見出しが不足しています。そのファイルだけ、見出しを1段深く(シート名だけでなく、表の列名まで)書き足します。
- 「最終」と「最終2」のどちらが最終かわからない … 更新日時と、提出リストの日付で判断します。それでもわからなければ、監査法人に「昨年提出したのはどちらか」を聞きます。聞ける相手は、前任者だけではありません。
- AIがまた一般論で補う … 「貼った一覧にない名前は削除」を毎回入れます。
- 地図が複雑すぎる … 系統ごとに分けます(売上系・費用系・資産系・開示系)。1枚に収めようとしない。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- 確信度「高」の矢印を、すべて実物で確かめたか。一致した本数と、しなかった本数を書きます。
- 一致しなかった矢印の原因が、版の違いか、本当に無関係かを判断したか。
- 監査法人提出リストの資料が、すべて地図の中にあるか。地図にない提出資料があれば、フォルダに無いか、見落としています。
- 地図を見て、「最初に作る資料」が言えるか。言えなければ、地図はまだ順番になっていません。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 120個のファイルが、4系統の流れに見えます。開く順番がわかります。
- 版の違い(「最終」と「最終2」)が、決算が始まる前に見つかります。
- 去年の実際のスケジュールが、更新日時から復元できます。
- 決算後に赤で直した地図が、理由の残った引き継ぎ資料になります。自分が受け取れなかったものを、次の人には渡せます。
- 「監査法人提出リスト」(または去年提出した資料の一覧)から、資料名を10個だけ書き出す
- フォルダの中で、その10個に対応するファイルを探し、見出しを1行ずつ貼る
- 矢印を描かせ、確信度「高」を1本だけ実物で確かめる
応用 ― 難易度を上げる場合
初めて担当する業務の全体像をつかむ段階なら来月から資金繰りを担当してください、と言われたときの型が、個々のExcelの中身を読む段階なら前任者のExcelを渡されたが、どこを触っていいのかわからないときの型が、この活用例の前後に使えます。地図が2年分たまると、資料の増減から「今年新しく必要になったもの」が見えます。