前任者のExcelを渡されたが、どこを触っていいのかわからないとき
引き継いだExcelのセルを「毎月触る/触らない/正体不明」の3色に分ける方法です。数式を読むのはAIに任せ、不明なセルの正体と作り直すかどうかの判断は人が行います。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社。前任者から「経費配賦_v7_最新.xlsx」を引き継ぎました。共通費(家賃・通信費・総務の人件費など)を、毎月、部門別に配賦するためのExcelです。
- シートが6枚ある。「入力」「配賦率」「計算」「仕訳」「旧」「メモ」。どれが本番でどれが残骸なのかわからない。
- 数式が長い。
=IF(入力!C5="","",ROUND(入力!C5*配賦率!$D$7,0))のようなものが並ぶ。 - 一部のセルは数式ではなく数字が直接入っている。数式のセルと見た目が同じなので、気づきにくい。
- 引き継ぎメモは「入力シートに今月の共通費を入れて、仕訳シートをコピー」だけ。
- 先月は言われたとおりにやって、数字は出た。ただ、自分が触ったセル以外がどう動いたかは、わかっていない。
いちばん怖いのは、触ってはいけないセルを、触ってよいセルだと思って上書きすることです。上書きしてもエラーは出ません。数字が静かに変わるだけです。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
このExcelのセルを、3色に分けます。
(a) 毎月、手で変えるセル
今月の共通費の金額など。ここだけ触る。
(b) 触ってはいけないセル
数式、配賦率、参照先。壊すと結果が変わる。
(c) 正体がわからないセル
数式ではないのに数字が入っている、どこからも参照されていない、など。前任者に聞く。
3色に分けるのは、人が数式を1つずつ読んでもできます。ただ、6シート分を読むのは半日かかります。AIには「読む」を任せ、「決める」は人がやります。
(c)の正体を決めること。「配賦率シートのD7に0.35と直接入っている」がわかっても、それが正しい率なのか、いつ決めた率なのか、AIにはわかりません。これは前任者か、その率を決めた人(総務や経営企画)に聞きます。また、このExcelを作り直すかどうかの判断もAIに任せません。動いているものを、理由がわかる前に作り直さないでください。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 各シートが何をしているか、シート同士がどうつながっているかの説明
- 数式ではなく値が直接入っているセルの一覧
- 他シートを参照しているセルと、参照先の一覧
- どこからも参照されていないシート・範囲の指摘
- 「毎月変える/触らない/不明」の3色に分けた一覧の下書き
- 「不明」に分類されたセルの正体(前任者・関係部署に確認)
- 「毎月変える」の範囲を最終的に決める
- 先月の数字で再計算して、同じ結果になるかの確認
- 作り直す・直さないの判断
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 数式のまま渡す
Excelを「数式の表示」(数式タブにあります)に切り替えてから、シートごとに範囲をコピーして貼ります。値で貼ると、AIには「数字が並んでいる」ようにしか見えません。金額は丸めるか、ダミーに置き換えます。部門名も「A部門」で構いません。シート名は正確に伝えます(数式の参照先を追うのに必要です)。
往復1回目 ― AIが「隠れた固定値」を見落とした
各シートの説明は正確だった。ただし「値が直接入っているセル」は「入力シートの金額欄」だけが挙がっていた。
自分で「計算」シートを眺めると、=入力!C5*0.35 のように、数式の中に率が直接書かれているセルがありました。「配賦率」シートを参照していません。前任者が急いで直したのか、旧い率が残っているのか、わかりません。AIは「値だけのセル」を探したので、数式の中に埋まった値は拾いませんでした。
「数式の中に直接書かれている数値(例:*0.35 や +12000)もすべて挙げてください。セル番地と、その数値を含む数式をそのまま示してください。」
3か所見つかりました。計算!F12(*0.35)、計算!F13(*0.35)、仕訳!C20(-12000)。いずれも「配賦率」シートの値と一致していません。
3か所を「不明」に入れます。この3つが、前任者に聞くことの筆頭になります。
往復2回目 ― 3色の地図にする
続けて、次のように頼みます。「ここまでの結果をもとに、すべてのシートのセル範囲を次の3つに分けて一覧にしてください。①毎月、手で変えるセル ②触ってはいけないセル(数式・率・参照先) ③正体がわからないセル。③には『なぜわからないか』を添えてください。判断はしないでください。分けるだけにしてください。」
3色の一覧は出た。ただし「旧」シートと「メモ」シートを、「使われていないので削除してよい」と書いていた。
頼んでいない判断です。「どこからも参照されていない」は事実ですが、「削除してよい」は事実ではありません。「旧」シートは前年度の率の記録かもしれず、監査で聞かれる可能性もあります。
「『削除してよい』『不要』という判断は書かないでください。参照されていないシートは③に入れ、『どこからも参照されていない』とだけ書いてください。」
「旧」「メモ」は③に移り、「どこからも参照されていない。用途は不明」となりました。
①のセルに、Excel上で背景色を付けます(毎月触るのはここだけ、と目で見てわかるように)。②は触りません。③は前任者への質問リストにします。
往復3回目 ― 次回用の3行メモ
最後に「今回わかったことを、来月このExcelを使う人が最初に読む『注意メモ』として3行以内にしてください。③で確認した結果は、私が書き足します。」と頼みます。
2026-09 経費配賦Excelメモ:①毎月触るのは「入力」シートの黄色セルだけ。②「計算」F12・F13は率が数式に直書き(0.35)、「配賦率」シートと不一致 → 前任者に確認中。③「旧」「メモ」はどこからも参照されていない。消さずに置いておく。
このメモをExcelの「メモ」シートか、引き継ぎメモの末尾に貼ります。③の確認結果がわかったら書き足します。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- AIがシートのつながりを間違える … 数式の表示にせず、値で貼っている可能性が高い。貼り直します。
- シートが多すぎて貼りきれない … 「入力」と「計算」のように、メモに出てくるシートから順に貼ります。「旧」は後回しで構いません。
- 「不明」が多すぎる … それ自体が、このExcelが属人化しているという事実です。全部を一度に解消しようとせず、今月の数字に効くものだけ先に前任者に聞きます。
- 前任者に聞けない … 「不明」のセルは触らず、先月と同じ状態のまま使います。理由がわからないものを直しません。
- AIが「作り直しましょう」と言い出す … 断ります。作り直しは、3色が全部埋まって、理由が全部わかってからの話です。AIが作った業務ツールを、翌月も別の人も使える状態にするへ。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- 先月の数字を①のセルに入れ直して、先月の仕訳シートと同じ結果になるか。同じにならなければ、①の範囲が間違っているか、②を触ってしまっています。
- ①のセルの数を数える。引き継ぎメモの「入力シートに今月の共通費を入れて」と一致する範囲か。
- ③の一覧を、前任者か関係部署に見せて、1つずつ埋まったか。埋まらないものは「不明のまま触らない」と決めて記録します。
- 背景色を付けたあとのファイルを、別名で保存したか。元ファイルは残します。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 毎月触る場所が色で見えるので、壊す不安がなくなります。
- 「不明」が前任者への質問リストになり、属人化が少しずつ解けます。
- 3行メモが、自分が受け取れなかった「理由の残った引き継ぎ資料」になります。
- 作り直すかどうかを、理由がわかったうえで判断できます。
- 引き継いだExcelを1つ選び、「数式の表示」に切り替えてシートを眺める
- 数式ではなく値が入っているセルが、何個あるか数える
- そのうち「なぜその値なのか」を自分が説明できないものに印をつける
応用 ― 難易度を上げる場合
3色が埋まり、理由が全部わかったら、はじめて「作り直すか」を考えます。その段階の進め方はAIが作った業務ツールを、翌月も別の人も使える状態にするを参照してください。毎月の作業そのものに不安があるときは前回と同じようにやったけど、今回も同じでいいのか不安なときへ。