前回と同じようにやったけど、今回も同じでいいのか不安なとき
前任者から引き継いだExcelと仕訳を「何をしているか」の形でAIに説明させ、理由が書かれていない箇所と、今回変わっていそうな点だけを挙げさせる方法です。やり方を続けるか変えるかは人が決め、次回用の3行メモを残します。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のIT企業、サンライズソリューションズ株式会社。前任者から引き継いだ月次業務のひとつに、年間保守契約の前受金を毎月売上に振り替える作業があります。手元にあるのは、次の3つです。
- 「前受按分_2026-08.xlsx」というExcel。契約ごとに前受金の総額と月額が並び、当月の振替額が合計されている。
- 先月の振替仕訳。Excelの合計と同じ金額で、前受金から売上への振替が1本。
- 引き継ぎメモ。「毎月これで振替」とだけ書いてある。
今月分も、同じExcelをコピーして、日付を9月に変え、同じように仕訳を作りました。数字は出ました。ただ、こういう不安が残ります。
- なぜ「÷12」なのか、Excelに書いていない。全部の契約が12か月なのかどうか、自分は知らない。
- 契約開始月は振替していないように見える。それでいいのか、前任者の癖なのか、わからない。
- 今月は契約が2件増えている。前回と同じやり方で足しただけだが、それで合っているのか。
- 前任者はもう別の部署にいる。聞けなくはないが、何を聞けばいいかがまとまっていない。
「前回と同じ」は、経理でいちばん多い仕事の進め方であり、たいていは正しいものです。問題は、前回の理由が残っていないので、今回も同じでいいかを確かめる手がかりがないことです。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
不安を3つに分けます。順番が大事で、(a)を飛ばして(b)に行くと、何と何を比べればいいかがわかりません。
(a) 前回、何をしていたのか
Excelと仕訳を読めば、AIが説明できる。「理由」はAIにもわからないので、「理由が書かれていない箇所」として分けて出させる。
(b) 今回、何が変わっているのか
変わり得るのは、契約・金額・期間・相手先・期のどれか。全部を比べる必要はなく、変わっていそうな点だけを出させる。
(c) 次回、自分が同じ不安を持たないために何を残すか
長いマニュアルではなく、来月この作業をする人が最初に読む3行。
前任者のやり方を変えるかどうかの判断。「契約開始月は振替しない」のような取り決めが会計上それでよいかは、上司か監査法人に確認する話であり、AIに判定させません。AIに任せるのは「何をしていたか」の説明と「どこが変わっていそうか」の指摘までです。理由が分からないうちは、前任者のやり方を変えません。
3. AIに任せること/人が判断すること
- Excelの数式と仕訳から、前回の処理を「何を、どういう順番で」の形で説明させる
- 理由が書かれておらず、前任者に確認しないとわからない箇所を分けて挙げさせる
- 先月と今月のExcelを比べ、変わっていそうな点を3つまで挙げさせる
- 変わっていそうな点ごとに「何を見れば確かめられるか」を添えさせる
- 今回わかったことを、来月用の3行メモにまとめさせる
- AIが「見るように」と言った実物(契約書、覚書、先月の仕訳明細)を実際に見る
- 前月の残高と当月の期首残高が全件一致しているかの確認
- 前任者への確認と、そのやり方を続けるかどうかの判断
- 仕訳の起票と承認
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 何を貼るか
Excelの計算部分は、数式が見える形でコピーします(Excelで「数式の表示」にしてから範囲をコピーすると、数式のまま貼れます)。先月の振替仕訳は、科目と金額の行だけで構いません。社名・金額は丸めるか置き換え、社内のAI利用ルールに従ってください。
往復1回目 ― AIが「正しいです」と評価を始めた
「このExcelは前受金を12か月で均等に按分しており、一般的で適切な処理です。契約開始月の翌月から按分を開始する方法も実務上よく見られます。」
頼んでいない「評価」が先に来て、しかも根拠がありません。AIはこの会社の契約を知らないので、「適切」と言える立場にありません。ここで安心すると、確認が必要な箇所が埋もれます。禁止事項に書いていても、こうなることがあります。
「評価は要りません。①やっていること、②確認が必要な箇所、の2つだけを、指定した型で出してください。」
やっていること:契約ごとに「前受金総額 ÷ 12」で月額を出し、当月分を前受金から売上に振り替えている/契約開始月の翌月から振替を始めている(開始月は日割りしていない)/前月の「振替後残高」を当月の「期首残高」として手入力で持ってきている
確認が必要な箇所:「÷12」が固定(12か月以外の契約があったときにどうするかが書かれていない)/開始月を振替しない(契約上の開始日基準なのか、社内の取り決めなのか不明)/期首残高が手入力(前月ファイルと一致しているかを確かめる仕組みがない)
「確認が必要な箇所」の表を、そのまま前任者への質問リストにします。この時点で、聞くことが紙1枚になっています。前任者に5分もらえれば済みます。
往復2回目 ― 「今回変わっていそうなところ」だけ聞く
先月と今月のExcel(契約一覧の部分)を両方貼って、次のように頼みます。「先月と今月のExcelを貼ります。今月、先月と同じやり方のままだと困る可能性がある点だけを、最大3つ挙げてください。それぞれ、私が何を見れば確かめられるかも添えてください。判断はしないでください。」
「契約数が増えているため、按分の計算は問題なく拡張されています。特に懸念はありません。」
「懸念はありません」は、AIが契約書を見ていない以上、言えないことです。「困る可能性がある点」を頼んだのに、「ない」で返してきました。「ない」と言われたときこそ、聞き方を変えます。
「『懸念はない』という結論は要りません。先月と今月で、契約・金額・期間・期首残高のうち数字や行が変わっている箇所をすべて列挙してから、その中で困る可能性がある点を3つ選んでください。」
①今月から契約が2件増えている(契約F・G)― 「÷12」固定のままだと、契約期間が12か月でない場合に月額がずれる → 契約書の契約期間欄を見る
②契約Cの前受金総額が先月と違う(1,200,000 → 1,320,000)― 増額分をいつから按分するかで当月の振替額が変わる → 契約Cの変更覚書または追加請求書の日付を見る
③期首残高(手入力)が、先月の振替後残高と1件一致しない(契約B:差 10,000)― 手入力ミスか、先月に別の修正が入っている → 先月ファイルの最終版と、先月の仕訳明細を見る
3つの「見るもの」を実物で見ます。この架空例では、契約Gの契約期間が「2026/9/1〜2027/9/30」=13か月なのに、Excelは12で割っていました。AIが見つけたのではなく、AIが「ここを見て」と言った契約書を自分で見て気づいた、という順番です。
往復3回目 ― 次回用の3行メモ
最後に、次のように頼みます。「今月の作業で分かったこと(上の3点と、私が確認した結果)を、来月この作業をする人が最初に読む『注意メモ』として3行以内にしてください。」
2026-09 前受按分メモ:①契約Gは13か月契約。テンプレの「÷12」を手修正済み(期間列を追加した)。②契約Cは9月から増額、増額分は9月起点で按分。③期首残高は先月ファイルの「振替後残高」列からコピーすること(8月は契約Bで手入力ミスあり、修正済み)。
このメモをExcelの先頭シートか、引き継ぎメモの末尾に貼ります。3か月分たまると、それがそのまま「理由の残った引き継ぎ資料」になります。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- AIが評価や結論から始める … 「評価は要りません」「『問題ない』という結論は要りません」を追加で出します。AIの「問題ありません」は、AIが見ていない範囲について何も言っていません。
- 数式ではなく値で貼ってしまった … 「何をしているか」がAIにわからず、一般論が返ってきます。Excelで「数式の表示」にしてからコピーし直します。
- 社内の略語がExcelに入っている … 「SS」「先方分」のような社内用語を、AIは知らないのに推測して説明します。社内用語はAIに説明させず、前任者か上司に聞きます。
- 前任者に聞けない … 「確認が必要な箇所」を上司に見せます。理由がわからないうちは、やり方を変えません。前任者のやり方をそのまま踏襲し、理由がわかってから変えます。
- 前月残高と期首残高が合わない … AIに原因を推測させません。先月ファイルの最終版と先月の仕訳明細を実物で見ます。合わない理由が書けるまで、当月の振替を起票しません。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- Excelの当月振替合計と、実際に起票する仕訳の金額が一致しているか。
- 前月の「振替後残高」と当月の「期首残高」が全件一致しているか。1件でも違えば、理由を書きます。
- 往復2回目で出た「見るもの」(契約書の期間欄、覚書、先月の仕訳明細)を、実物で確認したか。AIの表を信じて終わりにしません。
- 「なぜこの数字なのか説明できない行」が残っていないか。残っているうちは、まだ自分の作業になっていません。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 「前回と同じ」を、理由を知ったうえで続けられます。同じ作業でも、不安の質が変わります。
- 前任者に聞くことが、毎回「全部教えてください」ではなく、紙1枚の質問リストになります。
- 3行メモが月ごとにたまり、自分が受け取れなかった「理由の残った引き継ぎ資料」を、次の人には渡せます。
- 「今回変わっているところだけ見る」という見方が身につき、締め前の自分レビューが短くなります。
- 引き継いだまま毎月回している作業を1つ選ぶ
- Excelの数式と先月の仕訳を貼って、往復1回目の指示だけ投げる
- 出てきた「確認が必要な箇所」の表を、前任者か上司に見せる。今日はそこまでで十分
応用 ― 難易度を上げる場合
同じ型が、引き継いだ作業すべてに使えます。前払費用の按分、減価償却の月割、引当金の計算、月次の振替仕訳全般。変えるのは【事実/入力】に貼るExcelだけです。初めて担当する業務の全体像をつかむ段階なら来月から資金繰りを担当してください、と言われたときを、毎月同じExcelを回すのが定着してツール化したくなったらAIが作った業務ツールを、翌月も別の人も使える状態にするを参照してください。