借入契約の財務制限条項を、決算前に確認する
借入契約の財務制限条項と用語の定義を原文のまま引用させ、「どの決算書の、どの数字を、どう計算して、いくらと比べるか」の表にする方法です。引用の照合と見込み数字の計算は人、解釈が必要な点は銀行担当者に確認し、抵触の判定はAIにさせません。
1. Before ― 手元はどうなっているか
架空のITコンサル企業、オリオンテクノロジーズ株式会社。銀行からの借入が2本あります。どちらの契約書にも「財務制限条項」があります。純資産を一定以上に保つ、経常損益を2期連続で赤字にしない、といった約束事で、破ると期限の利益を失います(一括返済を求められ得る)。
- 契約書は財務部の金庫にあり、最後に読んだのは借入時。
- 「純資産」「経常損益」が、契約書の中でどう定義されているか、覚えていない。単体か連結か、特別損益を含むのか。
- 決算の数字が固まってから確認している。抵触しそうなら、その時点でできることは少ない。
- 銀行担当者は「抵触しそうなら早めに相談を」と言う。早めに、というのが決算前のいつなのか。
やりたいのは、決算の数字が固まる前に、条項の定義どおりの数字を自分で出せる状態にすることです。
2. 問題の分解 ― 何を整えれば進むのか
(a) 契約書から、財務制限条項の条文を原文のまま抜き出す … AIに引用させ、人が原文と照合する。
(b) 条文に出てくる用語の定義を抜き出す … 「純資産の額とは〜をいう」「経常損益とは〜」。定義の条項は別の場所にあることが多い。
(c) 定義を「どの決算書の、どの数字を、どう計算するか」の表にする … AIが下書き、人が確定。
(d) 見込みの数字を入れて、余裕がどれくらいかを見る … 人。
(e) 余裕が薄ければ、銀行担当者に早めに連絡 … 人。
「抵触していません」の判定。AIは数字を入れると「基準を満たしています」と書きますが、定義の読み方を1つ間違えると結論が変わります。判定は、定義の表を確定させた人が計算し、迷いがあれば銀行担当者か法務に聞きます。それから、定義の要約。「純資産(連結ベース、新株予約権を除く)」が「純資産」に要約されると、計算する数字が変わります。引用は原文のまま。
3. AIに任せること/人が判断すること
- 契約書の該当条項(財務制限条項、用語の定義)を原文のまま抜き出す
- 定義を「決算書名/項目/計算式/基準値/判定時点」の表に整える
- 契約2本の条項の違いを並べる
- 銀行担当者に確認する質問文の下書き
- 引用が原文と一致しているか
- 定義の表の確定(迷えば銀行・法務に確認)
- 見込み数字の計算と、余裕の評価
- 銀行への連絡の要否とタイミング
4. 実行 ― AIとのやりとり
準備 ― 該当の条だけを貼る
契約書の「財務制限条項」の条と、「定義」の条をコピーして貼ります(金庫から出して該当ページだけ)。銀行名・借入金額は記号と丸めた数字に。
往復1回目 ― 定義が要約されていた
②で「純資産:貸借対照表の純資産の部の合計額」となっていた。原文を見ると「純資産の額とは、借主の連結貸借対照表における純資産の部の合計額から、新株予約権及び非支配株主持分を控除した額をいう」だった。
「連結」「新株予約権と非支配株主持分を控除」が消えています。この2つで数字が変わります。禁止事項に書いていてもこうなります。
「②の引用を、すべて原文どおりに書き直してください。省略した語句がないか、1件ずつ確認してください。」
原文どおりになった。③の表も「連結BS/純資産の部合計 − 新株予約権 − 非支配株主持分」に直った。
①②の引用を、契約書の原文と1文ずつ照合します。引用の正確さが、この作業のすべてです。
往復2回目 ― 「2期連続」の読み方
④で「経常損益の基準:A行は『2期連続で経常損失を計上しないこと』、B行は『各事業年度の経常損益が損失とならないこと』」と並んだ。違いとして「A行は単年度の赤字は許容、B行は許容しない」と書かれていた。
違いの指摘は正しく見えます。ただし「2期連続」の起算がいつからか(借入時から? 直近から?)は条文だけでは読めないことがあります。AIは「単年度の赤字は許容」と言い切りましたが、それは解釈です。
「④の『違い』は、条文の文言の違いだけを書いてください。『許容される』のような解釈は書かず、解釈が必要な点は『銀行に確認』としてください。」
「A行:『2期連続』の文言あり/B行:『各事業年度』の文言あり/解釈が必要:A行の『2期連続』の起算点 → 銀行に確認」。
A行の担当者に「2期連続の数え方」を聞きます。解釈は銀行と揃えておきます。決算後に揉めるより、決算前に聞いておく。
5. エラーと例外 ― うまくいかないとき
- 契約書が金庫にしかない … 該当ページだけコピーして貼ります。全文は不要。
- 定義の条が見つからない … 契約書の冒頭(定義条項)か、別紙にあります。それでもなければ「定義なし」として銀行に確認します。
- 見込み数字の計算で迷う … 表の「項目」が決算書のどの行か、経理と一緒に決めます。ここは財務と経理の共同作業。
- 余裕が薄い … 決算の数字が固まる前に、銀行担当者に連絡します。「相談は早めに」の「早め」は、見込みが出た時点。
- AIがまた要約する … 「原文のまま」を毎回入れ、照合します。
6. 検証 ― 正しいとどう言えるか
- ①②の引用が、契約書の原文と1文ずつ一致しているか。
- ③の表の各項目が、決算書のどの行かを、経理と確認したか。
- 解釈が必要な点を、銀行担当者に確認したか。回答を記録したか。
- 見込み数字で計算した余裕を、上司に報告したか。
7. 注意点
8. After ― 翌月以降、何が変わるか
- 決算の数字が固まる前に、条項どおりの数字を自分で出せます。
- 「純資産」「経常損益」の定義が表になり、毎年同じ表で確認できます。
- 銀行との解釈のずれが、決算前に解消されます。
- 新しい借入の契約時に、財務制限条項を経理・財務が先に読む習慣ができます。
- 借入契約書を1本取り出し、財務制限条項と定義の条をコピーする
- 原文のまま引用させ、自分で1文ずつ照合する
- 定義の中の「連結」「除く」「控除」の語に印をつける
応用 ― 難易度を上げる場合
契約書の読み方の型は、新しいリース基準に向けて、契約書からリースを含む契約の台帳を作る・賃貸オフィスの原状回復義務を、契約書から洗い出すと共通です。財務制限条項の表ができたら、資金繰り表の作成を補助し、シナリオ試算を行うと組み合わせて、「このシナリオでは余裕がいくらか」を見ます。